よみもの・連載

軍都と色街

第五章 千歳

八木澤高明Takaaki Yagisawa

自分は日本人だと南スーダンが教えてくれた


 松原さんが見た南スーダンの生々しい現実。その光景というのは、考えてみれば軍人だったというアメリカ人の父親もおそらく朝鮮半島で見たものではなかったか。
「お父さんが軍人で、ご自身も戦場に行っているわけですが、自分の中に流れている因縁のようなものを感じませんでしたか?」
「軍隊の仕事は向いてるんだなって思いました。やっていても全然苦じゃないところがですかね。おやじは海兵隊にいたということだけは母親から聞いていたので、俺もやっぱりそれなりのところへ行こうと思って南スーダンに行く前には空挺団にいたんです」
「海兵隊の人と交流とかあったんですか?」
「平成五年とか六年ぐらいに海兵隊と一緒に訓練してましたね」
「そのときの印象はどうでした?」
「いや、やっぱり根性あります。冬だったんで、雪上訓練で僕らがスキーを教えたんです。向こうでは全然できなくてだめでした。それでも、やっぱり根性ありましたね。すげえなあって。滑れないと体力がどんどん奪われるんです。でも、全然ばててる感じじゃなかったですからね。こいつらめっちゃ体力あると。その時思ったのは、海兵隊を目の当たりにして、軍隊生活のこととか、いっぱい聞きたいことが出てきましたね」
「空挺団の訓練も厳しいことで知られていますよね?」
「富士の樹海を三日間で五百キロ歩くんです。三日間寝ずに歩くんです。歩きながら寝てるんですよ。人間何でもできるようになりますよ、鍛えられると。訓練は一から十二想定ぐらいまであって、最終がその訓練です。最後が体力を最も使う、精神力も使う。しかも飯はちょっとだけ」
「やっぱり日本陸軍の伝統って生きてるんですか?」
「生きてるんじゃないですかね。今でも、レンジャー訓練に行くと蛇を食わされたりするんです。生存十則というのがあって、鶏も実際に首ちょんぱして煮たりします」
「蛇の味はどうですか?」
「うまくないよ。多分ちゃんと料理すれば多少はうまいんでしょうけどね」
「お父さんと南スーダンのことに話を戻すと、アフリカということは、先祖を遡っていけば父方のルーツということになりますよね。何か思うことはありましたか?」
「ルーツについてはそうなんでしょうけど。いや、小さい頃とかいじめられたでしょう。『黒人』、『黒んぼ』って言われて。で、向こうに行ってみて、いやいや、笑っちゃうなと思いました。俺なんか全然黒くねえよって。あの時はほんとに気が楽になりましたね。俺なんかアフリカ系だと思われないんです。日本人以外の何者でもないんです。黒の濃さがまったく違うんですよ。俺の中ではとても大きな発見でした」
 戦争というものを通じて、松原さんが生を受け、日本で年を重ねたのちに、やはり南スーダンの戦場で、人生における様々な気づきがあった。間違いなく松原さんには、軍人の血が流れ、彼自身も軍人として生きてきたという宿命を感じているのだった。おぼろげな記憶しかない父親によって導かれたのだ。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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