よみもの・連載

軍都と色街

第五章 千歳

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 寂しい景色を眺めていたら、ふと今から十二年前のことが頭をよぎった。思えば、ここに初めて足を運んだのは、アニキの案内だったが、その当時子どもが生まれたばかりだったアニキは、この場所へ私を連れてくると、「子どもの面倒を見なきゃいかんのじゃ」と言って、去って行った。時の流れとは儚いもので、アニキは離婚し、その後再婚していた。かく言う私も人のことは言えず、同じように離婚、再婚をしている。十二年前にこの場所を訪ねた時には、お互い同じような境遇になるとは思いもしなかった。心の内を打ち明けると、アニキもしみじみと言った。
「それが人生なのかもしれんな。このカネマツ会館と同じで、先のことはわからんのう。あんなに繁盛していたちょんの間が潰れるとは思わなかったな」
 私がこの場所の生きている姿を目にしたのは、摘発に遭う数年前のことだった。
「遊んでいってよ」
 引き戸を開けて中に入ると、すかさず遣り手婆が声をかけてきた。カウンターだけの店が細い通路をはさんで並んでいた。どの店にも若い女と遣り手婆の姿があった。
 気に入った女性を選び、店から歩いて三十秒もかからない場所にあるホテルに行くというシステムだった。
 もともとは会館の上にある小部屋を使っていたというが、摘発を逃れるために建前上は自由恋愛を装い、ホテルを利用するようになったという。そうした店側の努力にもかかわらず、両会館の灯は消えてしまった。
 私にとって、この場所での思い出は、遣り手婆と話し込んだことだった。一時間以上店のカウンターの中で話し込んだ。
 彼女は私が既婚者だと知ると、女を買うなと言って、自身の身の上を話し出した。
「私は骨肉腫を患っていて、長くてあと五年くらいかね。温泉に行くのが楽しみなのよ。普通のお客さんには、何にも言わないけどさ、こうして話していると情が移るっていうのかな。お客さんとは思えなくなってきちゃうんだよ。何か息子と話しているような気になっちゃうのよ」
 ちょんの間のカウンターの中、何だかこちらも母親と話しているような気分にさせられたのだった。彼女はもともと保険の外交員をしていて、ちょんの間経営者の女性と知り合い、やってみないかと言われたことが、この商売をするきっかけになったとも言っていた。
 あのオバさんは、元気に暮らしているのだろうかそれとも旅立ってしまったのか。暗闇に佇む建物を前に、ますます切なくなった。

 かつての夢の跡を歩いてから、私たちはススキノへと戻った。北のアニキ行きつけのきしめん屋があるという。
 季節は秋だったが、夜はさすがに冷え込んできて、しっかりとカツオだしが効いたスープが胃袋にしみわたった。
「札幌もどんどん変わってきちまったな。ストリップ劇場もなくなったしな。ひと昔前が懐かしいよ」
 きしめんをすすりながら、アニキが呟いた。私はその言葉に黙って頷いたのだった。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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