第五章 千歳
八木澤高明Takaaki Yagisawa
インタビューを終えてから、任子さんの父親が入り浸ったオンリーさんのアパートがあった場所を訪ねてみることにした。
日は暮れ、街を吹き抜ける風が冷たかった。
その場所は任子さんが教えてくれたように、ファミリーレストランになっていた。店内をのぞいてみると、親子だろうか食事を楽しんでいる子どもと大人の男性の姿があった。おそらく、店内にいる人々は、この場所にそんなアパートがあったことや、千歳が巨大な色街であったことなど、知らないであろう。私も実際に話を聞き、何冊か当時のことが書かれた資料にも目を通したが、その頃の面影はどこからも感じられず、未だに何だか信じられない気分のままである。
彼女は九州からこの土地へやって来て、米兵とは結ばれることなく、捨てられてしまい、任子さんの父親を頼ったのだろうか。何かしら、身を売らなければならない理由を抱えていたことだろう。任子さんの「憎い」という強い言葉が、心に刺さったままではあったが、オンリーの女性の境遇に思いを馳せると、何とも言えない気持ちになる。
父親もオンリーの女性もすでにこの世にはいない。彼らの思いはもう聞くことはできない。
一見すると広々として、フラットな街並みが印象的な千歳だが、時代という見えない地層のうえに、この地を行き交った様々な人間たちの思いが交錯している。何の変哲もない路地のひとつにも、時代というものとは無縁ではいられない人間たちが積み重ねた見えない歴史が積もっている。
アパートの跡から、この地に宿り続けているであろう人々の顔を想像しながらホテルに向かって歩いていると、過去と現在の境界が曖昧になり、米兵とパンパンが通りの向こうから歩いてくるような気になるのだった。
- プロフィール
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八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。