よみもの・連載

軍都と色街

第六章 大阪 和歌山

八木澤高明Takaaki Yagisawa

信太山新地を歩く


 日没後、再び同じ道を歩いた。昼間とは打って変わって、当然だが客の姿が増えている。心なしか街が活気づいている。
 当てもなく、街を歩いていると、遣り手婆が声をかけてくる。
「もう決めてや。何周まわってんの?」
 十分もあればくまなくまわれる広さなので、簡単に顔を覚えられてしまうのだ。すぐに決めきれない客が少なくないようで、見たような顔と何度もすれ違う。
 新地のはずれ、あまり客の歩いていない店の前にいた遣り手婆に「今晩は」と声をかけてみた。
「お盆休みですか?」と彼女が言った。
「高校野球を関東から見に来て、そのついでに寄ってみたんですよ」
 彼女は高校野球が好きなようで、この日試合のあった智弁和歌山が負けたことを悔しがっていた。しばし高校野球の話題に触れたあと、彼女の身の上についても話をふってみた。
「おばちゃんは、地元の人なんですか?」
「そうですよ」
「こういう遊ぶ場所があるっていうのは、どういう感じなんですかね?」
「昔からあるところやから、別に驚くわけでもなく、どうってことないよな。今でも四十軒ぐらいあるしな」
「飛田と比べてなんかのんびりしていていいですね?」
「飛田はな、顔見せがあるやろ。動物園を見ているみたいで冷やかしの人も多いでしょう。お店にあがるのはほんの一部ですよ。それに女の子も顔見せが嫌やって言って、こっちに来る子も多いんよ。ここに来るお客さんは冷やかしの人はあんまりいないんですよ。それに飛田は女の子もぎすぎすしている子が多いから、一度こっちで遊んで飛田に行くと、もう二度と飛田には行かんって言って、戻って来るお客さんも多いんです」
「この新地はどのようなシステムになっているんですか?」
「女の子が待機場所におって、ここに来てもらうシステムになっているんですよ。旅館として登録しているんです。たまに本当の旅館だと勘違いして、電話が掛かってくることもあるんです。お客さんの好みを聞いてから女の子を呼ぶから私たちの腕にかかっているんですよ。お兄さんは何か調べているんですか?」
「そうなんですよ。いろいろと知りたいと思ってましてね」
 私はそう答えたが、彼女は特に嫌がるそぶりを見せることなく、質問に答え続けてくれた。
「お客さんは、どの辺の人が多いんですか?」
「岸和田あたりから来る人が多いんじゃないですかね。地元の人はほとんど来ないですね。働いているおばちゃんは地元の人ばっかりですから、すぐバレちゃいます。地元の人は飛田とか、ヘルスとかに行くんですよ」
「ここは毎月二十日が定休日だそうですけど、おばちゃんはどれくらい休み取ってるんですか?」
「私はほぼ毎日出てますよ。昼から夜の十二時までもう一人の人と交代でやっているんです。店によっては朝の十時からやっているところもありますよ。女の子もいろいろでしょう。夜働けない子もおるしね」
「働いて長いんですか?」
「もう四年ぐらい働いているかな。きっかけは私もそうだけど、だいたいは人の紹介だと思いますよ。給料は時給のところもあれば、そうじゃないところもあるし、旅館によって違いますね。昼間はスーパーでレジ打ったり、介護をやったりして夕方から来るんです。三つの仕事を掛け持ちです。どれがメインかわからないですよ」
 遣り手婆と話しているうちに、色街というよりは、どこかの商店街で八百屋のおばちゃんと話しているような気分になってくるのだった。この独特な空気感というのが、田舎町にありながらも客を呼び、今日まで生き残っている理由なのではないか。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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