よみもの・連載

城物語

第一話『戦人の城(伊賀上野城)』

矢野 隆Takashi Yano

 戦がなくなってすでに十年が経過している。今更敵に備えて石垣を高くする必要もないのに何故と、家臣一同首を傾げるなか、高虎は近江坂本の石工、穴太衆(あのうしゅう)を呼び寄せて壮大な石垣を築かせた。
 もちろん戦のためである。己を守るための城を築けという家康からの命を、忠実に守った結果だ。高虎は久方ぶりに戦人であった昔を思いだしていた。老いた躰に熱き物が蘇っている。家康から築城を命じられてからというもの、高虎はなにかに憑かれたかのごとく、この城に没頭していた。
「殿」
 二人の男が、親子の背後に並んだ。
「おぉ、来たか」
 藤堂右京と渡辺掃部が、高虎と大助の前にひざまずき、深く頭を垂れた。高虎は大助へと目をやる。
「この両人が先頭に立ち、この石垣を築いたのじゃ。さぁ二人とも顔を上げて、大助に良う見せい」
 大助は目を輝かせて二人を見つめている。顔を上げた藤堂右京と渡辺掃部は、照れ臭そうに笑っていた。
「穴太衆を率い、ここまでの物を良う築いた。これならばいくら敵が攻めてきても、本丸は落とせまい」
「敵……でござりまするか」
 藤堂右京が首を傾げて問う。太平の世のどこに敵などいるのかと、見開いた目が問うていた。よもや豊臣だと答えるわけにもゆかぬ。高虎はわざと眉尻を上げながら、それでも声だけは明るく答えてみせる。
「どれだけ天下泰平の世となろうと、敵に備えてこその武門ぞ」
 聞いた渡辺掃部が、突き抜けるような高声で笑ってから、脂ののった頬を揺らして声を出した。
「さすがは主君を転々となされながら、大名にまでおなりになられた殿でござりまするな」
「こら、掃部」
 藤堂右京が掃部をたしなめる。
「良い、良い」
 高虎が手で右京を制すと、ふたたび掃部が大声で笑った。それを見て大助も楽しそうである。
 朗らかな雰囲気のなか、堅苦しいほどに真剣な顔付きの右京が、高虎に言上する。
「棟梁たちの話では、天守のほうも万事滞りなく組み上がっておるとのことにござりまする」
「腕の確かな棟梁ばかりじゃ。案じておらぬ」
 高虎が答え、右京がわずかにうなずく。
 古今無双の石垣の上に座することになる天守は、五層建てであった。各層を個別に作り、石垣の上に運び、下から積み上げてゆくという方式を採った。五層であるから当然、五人の棟梁がいる。五人の棟梁が、各層を同時に作るのだ。この方式で築くことで、下から組み上げてゆくよりも、時を稼ぐことができる。しかも入母屋屋根に望楼を乗せる形式の天守が多いなか、高虎は上野城の天守に層塔を選んだ。層塔であれば、破風を作らずに済み、意匠も凝らないで良いから、これまた時を大幅に短縮することができる。いつ徳川と豊臣の戦が始まるか解らないのだ。徳川窮地となれば、家康はこの城に本陣を置く。その時、城ができていないというのでは話にならない。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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