第一話『戦人の城(伊賀上野城)』
矢野 隆Takashi Yano
「強うなれ大助。誰よりも強うなって、藤堂家の当主として恥ずかしゅうない男となるのじゃ」
答えはない。
「なんとか言わんかっ」
「ひぃっ」
怒鳴られて大助が悲鳴を上げた。
「強うなれ、解ったな」
「はい」
「良し」
そこではじめて大助に目を向けた。父の視線に気づき、泣き顔の息子が、顔を上げる。
笑ってやった。
息子が泣き顔を歪めて、必死に笑顔を作ろうとしている。
戦人であろうと、人は人だ。子を愛おしく思ってなにが悪い。
「如何なる戦場にあろうと、儂は御主を忘れぬ。それで弱くなるような儂ではないわ」
父の言葉を理解できずに、大助が首を傾げた。そんな息子の肩を、高虎は強くつかんで揺さぶる。
「もうこの地に城は築かぬぞ」
所詮、天守など上物に過ぎぬ。建てようと思えば、いつでも建てることができる。すでに高虎の縄張りは完結しているのだ。みずからの城造りの腕を存分に注ぎ込んだ上野城の縄張りは、いかな大軍に攻め寄せられようとびくともしない。
脳裏には、揺るぎなき城があった。
高虎との約定どおり、大坂冬、夏両陣によって、家康は豊臣家を滅ぼした。その戦場に、高虎の姿があったことは言うまでもない。
徳川の世が終わるまで、伊賀上野の地に天守は二度と築かれることはなかった。
- プロフィール
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矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。