よみもの・連載

城物語

第五話『士道の行く末(五稜郭)』

矢野 隆Takashi Yano

 大鳥たちは戦の連続であった。
 峠下から大野村へと向かった大鳥率いる伝習隊と士官隊は、この地に留まっていた福山藩、大野藩、先の戦闘で敗走し二藩と合流していた松前藩の兵たちを攻撃し、散々に討ち払った。敵は弘前藩のいる久根別村へと逃れたが、五稜郭に戻れとの命を受けて退却したのである。一方、七重村へと進軍した遊撃隊、工兵隊、新撰組は、この地に留まっていた福山藩と、敗走し合流した弘前藩、新政府の府兵らと激突。敵は大川村へと退却後、五稜郭へ向けて撤退していった。

 歳三と彼が率いる額兵隊(がくへいたい)、陸軍隊が箱館に入ったのは、十月二十六日の夕刻のことだった。
「参謀っ」
 五稜郭へと馬を進める歳三を、大鳥のはずんだ声が出迎えた。彼が率いていた各隊は、昼のうちに箱館に入っている。
「待っておったぞ」
 栗毛の馬を歳三の白馬の隣に並べながら、大鳥が満面の笑みで言った。手綱を握りしめたまま、歳三は微笑を浮かべる。
「箱館でもう一戦やるかと思うておったのだが、私たちが来た時にはすでに、府知事の清水谷公考は陸奥に逃げた後であった。大野、弘前ら蝦夷島警護の藩兵たち、新政府の府兵らも、陸奥へと逃げおった」
「道中、大変だったらしいな」
「まぁな」
 言った大鳥が胸を張ってから、歳三に問う。
「そちらも川汲峠で一戦やったというではないか」
「あんなものは戦とは呼べん」
「参謀らしい物言いだな」
 圭介が大笑いするのをぼんやりと眺めながら、歳三は口を開く。
「そちらはいずれの戦も、快勝であったそうだな」
「相手は新政府や藩の命によって嫌々戦わされているのだ。みずから戦うことを選んだ我等とは志が違う」
 髭に包まれた口が大きく開き、唾が飛ぶほどの勢いで笑い声を吐く。戦勝にすっかり気を良くしている大鳥を横目に、歳三は思う。
 志があれば勝てるのか。
 もしそうならば、どうして新撰組は負けたのだ。
 鳥羽伏見(とばふしみ)の戦い、甲陽鎮撫隊としての官軍との戦、そして会津。少なくとも鳥羽伏見の時までは、歳三の胸にも闘志の焔(ほのお)が燃え上がっていた。武士として、幕府を支える。
 武功を挙げて一国の大名に……。
 そう近藤とも語り合っていた。
 志では誰にも負けない自信があった。
 なのに敗れた。
 敵は錦の御旗を掲げ、西洋から買い付けた近代兵器で歳三たちを攻めたてたのである。志でどうにかなるものでは決してなかった。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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