よみもの・連載

城物語

第五話『士道の行く末(五稜郭)』

矢野 隆Takashi Yano

 少ない犠牲で五稜郭を手に入れたことで、大鳥は気が大きくなっている。開拓という歳三の言葉を、鎮圧と取り、たかだか前哨戦のごとき戦で討ち払ったくらいで、精強ではなかったと断じる。
 浅はかだ。
 もし、福山城へと進軍し、松前藩と交戦するとなれば、それはもはや侵略である。新政府の命によって働かされていた大野村での戦とは、松前藩兵たちの腹積もりも当然違ってくるだろう。
 その辺りの戦の機微が、この男には本当にわかっていない。
「榎本殿が率いてこられる回天、蟠龍(ばんりゅう)が箱館山の麓の運上所や台場を占拠し、こちらへ来られる。その前に、お迎えする準備を急がねばならん」
 言って、大鳥がそそくさと正門を潜(くぐ)った。
 いつから榎本釜次郎が、我等の主(あるじ)となったのか……。
 重い躰を引き摺るようにして、歳三は五稜郭へと入った。

 松前藩鎮圧軍は、彰義隊、額兵隊、陸軍隊を中心として編成された。歳三が箱館に入った二日後の、十月二十八日のことである。
 歳三は、この鎮圧軍の総督を任されてしまった。
 鎮圧とは名ばかり、これは侵略軍である。
 取るに足らないことが重なって、もはや抜き差しならぬところまで来ていた。惰性という名の小さかった雪玉は、坂を転がる間に、歳三自身にも止められなくなっている。
 これはなんのための戦なのか。
 主を失った幕臣のため。
 榎本や大鳥のため。
 行くべき道を見失おうとしている新撰組のため。
 それとも己の……。
 違う。
 歳三自身の戦では決してない。
「進軍」
 大鳥たち旧幕軍の幹部たちが居並ぶなか、歳三はずらりと揃(そろ)った兵たちに命じた。彰義隊を先頭にして、松前藩主のいる福山城へと進む。
「さて、どうなることか……」
 馬上でつぶやいた歳三の脳裏には、前日のことが思い起こされている。
 上京していた松前藩の藩士八人を乗せた船が箱館へと入港。歳三は彼等と会い、和議を結ぶ意思があるのなら、こちらは戦を望まないと告げた。その後、彼等は五稜郭に出頭し、歳三に同道することを許されたのである。
 箱館を出た歳三は、有川村で宿を取った。その宿に同道している松前藩の者たちが訪ねてきたのは、夜も更けてからのことである。
「我等は戦うつもりはないのだ。攻められた故、迎え撃った。それがこのような事態になった。それだけだ」
 灯火のなか、歳三は男たちに向けて言った。朴訥(ぼくとつ)そうな松前藩の侍の一人が、真剣な面持ちで答える。
「我が藩は王命に従い、出兵いたしたまで」
「そうか。ではお互いに、戦う気はないのだな」
「とにかく明朝、すぐに福山城へと赴き、和戦いずれか回答いたすゆえ、十一月十日まで待っていただきたい」
 十日以上も先である。が、無駄な戦はできるだけしないほうが良い。歳三自身の疲労云々(うんぬん)は別として、こちらの手勢は三千ほどしかいないのだ。これから新政府軍と戦う以上、兵力は温存しておくに限る。
「解った、待とう」
「有難うござりまする」
 松前藩の侍たちは、深々と頭を下げて退室していった。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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