よみもの・連載

城物語

第五話『士道の行く末(五稜郭)』

矢野 隆Takashi Yano

 裏切られた……。
 十一月一日、知内(しりうち)にいた陸軍隊を、松前の藩兵五十名あまりが攻撃した。歳三の指揮を待たずに、陸軍隊は冷静に対処。敵を三名ほど仕留め、退却させた。
 決裂。
 歳三は、時間稼ぎのために利用されたのだ。
「舐めんなよ」
 疲労で曇っていた歳三の瞳に、殺気の光が宿る。近藤が死んで以降、新撰組の行く末や己が身の処し方などという理屈でがんじがらめになっていた心が、裏切りにあうという根源的な怒りによって解放された。
 身中を焼く焔の赴くまま、歳三は駆ける。
 松前藩との約束を無視し、彰義隊と額兵隊を先鋒(せんぽう)として一ノ渡(いちのわたり)まで進軍させると、敵はあっさりと退いた。
 歳三は兵を福島村まで進める。
「寺だろうが構わんっ。火を点(つ)けて燃やしてしまえっ」
 戦う兵たちを怒鳴りつけ、歳三は馬上から采配を揮(ふる)う。
 敵が本陣と定める法界寺(ほうかいじ)は紅蓮(ぐれん)の焔に包まれている。それはまるで、歳三の怒りが敵を焼き尽くしているかのごとくであった。
 旧幕軍の猛烈な攻めに抗しきれなくなった敵は、道中の村々を焼き払いながら、福山城まで一気に退却する。
 みずからの領内の村を焼き払うという松前兵の卑劣さに、歳三の怒りは募ってゆく。
「守るべき民を捨て、己が命を守ろうとするような卑劣な輩(やから)は断じて許してはならんっ。速やかに福山城に向かうぞ」
 歳三の怒りは、全軍に伝わっていた。
「松前藩主や主だった家臣どもが、福山城を捨て、館城(たてじょう)に入ったとのこと」
 福山城へ進軍する途上、伝令の報告を受けた歳三は、まったく動じなかった。回天、蟠龍ら旧幕軍の艦船からの砲撃を恐れて、敵は海沿いの福山城を捨て、内陸の館城へと逃げたのだという。
「まずは福山城を落とす」
 歳三の決断に意を唱える者はひとりもいなかった。
 十月五日、歳三は福山城を攻める。
 先鋒彰義隊、二軍陸軍隊、殿(しんがり)は額兵隊という布陣で、藩主無き城を守る松前藩兵たちと刃をまじえた。
 はじめ松前藩兵は、根森の台場より砲撃をしてきたが、歳三の怒りの熱を受けた旧幕軍の勢いに抗しきれず、及部川(およべがわ)の対岸まで退いた。
「領民を捨てるような者等を恐れるなっ。我等の手で福山の民の窮状を救うのだっ」
 誰よりも前に進み、歳三は叫ぶ。総大将を死なせてはならじと、味方が歳三の白馬よりも前へ我先にと進んでゆく。
 歳三が駆ければ駆けるほど、味方が奮い立つ。
 先鋒の彰義隊が、及部川を渡って福山城へ雪崩れ込む頃になると、殿の額兵隊は法華寺の高台から城に向かって砲撃を開始していた。海からは箱館湾を出港し救援に訪れていた回天と蟠龍が、容赦なく大砲を打ち込んでいる。陸海双方からの砲撃を受け、敵は歳三の怒りの奔流に飲まれてゆく。
「おぉっ、旗じゃっ」
 歳三のかたわらで誰かが叫んだ。
 城の楼上に、旧幕軍の旗印、日の丸がはためいていた。
「敵を追い払うまで、油断はするなよ」
 浮付く味方の気を引き締めながら、歳三は手綱を握りしめた。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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