よみもの・連載

城物語

第五話『士道の行く末(五稜郭)』

矢野 隆Takashi Yano

「明日、敵は総攻撃を仕掛けるそうだ」
 五稜郭の半月堡の突端に立ちながら語る大鳥の背中を、歳三は黙ったまま眺めていた。この地に上陸した頃の熱は、もはや大鳥の言葉にはない。覇気を失った躰は、よりいっそう小さく見えた。
「回天も沈み、箱館山を敵の軍艦に囲まれ、もはやどうすることもできん」
「まだ負けたわけではない」
 歳三の言葉を聞いた大鳥が、小さく肩を震わせ、笑った。
「君は強いな」
 肩越しに歳三を見た大鳥の顔は、闇夜に沈んで黒く染まっている。
「ここが落ちなければ、戦は終わらん」
「この城で籠城するつもりか」
 愚かな、とつぶやいて、大鳥が背後に広がる五稜郭を見るように顔を上げた。
「二ノ丸、三ノ丸も無い。小高い石垣も無い。おまけにもう、昔とは違う。刀で戦う時代は終わったんだ。海から砲撃されれば、大砲の弾はここまで届く。この城は丸裸も同然だ」
「だったら……」
 歳三は一歩踏み出し、諦めを口にする大鳥に詰め寄った。
「だったら、どうするというのだ」
 襟首をつかんで顔を近づける歳三から目をそらすように、大鳥が頭を横に向ける。それでも歳三は引き下がらずに問い詰めた。
「我等の国を作ると言って多くの仲間たちを犠牲にしておきながら、今さら敵に屈服するつもりか」
「降伏をうながす使者が、総裁の元に幾度も来ている。おとなしく軍門に降(くだ)れば、決して手荒な真似はせぬそうだ」
「本気で言ってるのか」
「罪を許されれば、新たな道もある。新政府に仕え、蝦夷島を開拓するということも……」
 最後まで言わせぬように、歳三は大鳥を突き飛ばした。地面に伏したままうなだれる大鳥に、陸軍奉行としての威厳はない。
「敵に降るつもりなら、何故、会津で敗れた時に降らなかった。榎本もそうだ。新政府に仕えるなどという言葉を吐くのなら、どうして江戸で軍艦の引き渡しを拒否したんだ。御主(おぬし)らは敵に降っても生きる道はあるかもしれねぇ。だが軽輩らはどうなる。幕府に見捨てられ、新政府に牙を剥いた者らは、行く宛を失い彷徨(さまよ)うことになる。こうなることは、御主にも解っていたはずだ。いや、解らなかったなどとは言わねぇ。心のどこかで、勝てはしないと思っていたはずだ」
 榎本も大鳥も理に聡(さと)い。少し冷静に考えれば、今のこの状況は、上陸の時点で推測できたはずだ。
 頭で考えるから、道を見失う。
「見栄えの良い夢を見せて、皆を惑わせ、その落とし前も付けねぇつもりかっ」
……そうか。
 歳三は気付いた。
 目の前で苦悶する大鳥は、これまでの己だ。頭でばかり考えていたから、みずからの道が見えなくなっていた。
 そんな男の心に、士道など定まるわけがない。
 己は大鳥とは違う。
 かつて歳三は、新撰組という見栄えの良い夢を、仲間たちに見せた。そして、彼等を死地に誘(いざな)った。
 そうだ。
 その落とし前が付いていない。
 疲れた躰を引き摺ってここまで来た理由を、今はっきりと悟った。歳三が貫くべき士道が、心の真ん中にどっしりと定まっている。
「し、しかし、もう我等は……」
 大鳥が泣いている。
 駄目だ。
 これ以上なにを話しても無駄である。
「俺は最後まで戦う」
「土方君っ」
「止めても無駄だ」
 もう迷いはなかった。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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