よみもの・連載

城物語

第五話『士道の行く末(五稜郭)』

矢野 隆Takashi Yano

 五月十一日の早朝から、新政府軍は陸海双方から箱館に向けて総攻撃を開始した。
 敵は箱館の港から東方の内陸に位置する五稜郭へ、歳三たち旧幕軍を追い詰めるように、西方から攻め寄せる。新政府の艦隊は、七重浜、大森浜、東風泊(やませどまり)の三方から砲撃。陸軍は前夜のうちに箱館山の山中に潜み、総攻撃の合図とともに錦の御旗を山のいたるところに立て、一気に山裾から東に広がる箱館の街へと攻め寄せた。箱館山の麓に位置する弁天台場が占領され、箱館の街が敵の手に渡るまで、さほどの時はかからなかった。敵は五稜郭の南方を支配し、じりじりと東へ進軍する。
「箱館を取り戻しにゆく」
 白馬にまたがり、歳三は純白の鉢巻きを締めながら言った。
「正気か土方君っ」
 足元で大鳥が叫ぶのを無視する。
「もはや君が行っても箱館はどうにもならん。ここに留まり、五稜郭を固く守って……」
「進軍っ」
「土方君っ」
 追いすがろうとする大鳥を振り払うように、歳三は勢い良く馬腹を蹴った。
 そこからはもうなにも覚えていなかった……。
 頭で考えるのはもうやめた。心のおもむくまま、躰を走らせる。とにかく叫び、ひたすらに剣を振るう。目に入るのは敵の姿だけ。手当たり次第に斬ってゆく。疲れはどこかに消え去っていた。いや、今も恐らく疲れている。疲れという檻(おり)に、囚(とら)われていないだけだ。
 心に想うのはただひとつ。
 最後まで士道を貫くということのみ。
 歳三は新撰組という名の見栄えの良い夢で、多くの仲間を死地に誘った。新撰組が無ければ、近藤も沖田も井上も山南も藤堂も伊東も死ぬことはなかったのだ。
 新撰組は歳三だけで作ったのではない。そんなことはわかっている。言い訳や繰り言で現実から目を背けるのであれば、大鳥や榎本と同じではないか。
 士道不覚悟という言葉で、歳三は多くの仲間たちを断罪してきた。士道に背けば切腹という決まりのために、仲間を殺してきたのだ。だから歳三は、けっして士道に背いてはならない。
「どけぇっ」
 目ざわりな敵を手当たり次第に斬ってゆく。そんな歳三を背に乗せ、馬も喜んでいるようだった。
 天を駆けるように軽い。
 銃を構える敵。
 引き金を引くより先に、歳三の刃が首に到達する。
 斬る、斬る、斬る。
 爛々(らんらん)と輝く瞳は、前だけしか見ていない。
「遅れる者は置いてゆくぞっ」
 刃を天に掲げて、背後の味方を叱咤する。
 風を切る音。
 首を傾ける。
 頬が裂けた。
 銃弾すらも歳三を捉えることはできない。
 自然と笑みが浮かぶ。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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