よみもの・連載

城物語

第五話『士道の行く末(五稜郭)』

矢野 隆Takashi Yano

 行くべき場所は決めていない。とにかく今日は行けるところまで行く。箱館の街を解放したら、次は弁天台場だ。台場にいる仲間たちを救ったら、箱館山に巣食う敵を追い払う。敵の総大将の首を取った後は、陸奥に渡って江戸に向かう。
 熱き想いを胸に、歳三は駆けた。
 付き従うのは、ともに行くと願った者たちだ。今さら気に病むこともない。彼等の死にも、ちゃんと報いるつもりだ。
 一本木関門(いっぽんぎかんもん)が見えた。
 箱館を出る者から銭を取るために、大鳥たちが作った関所だ。
「一気に抜けるぞっ」
 歳三は叫ぶ。
 周囲に群がる敵が、一気に退いた。いっせいに関門のほうへと駆けて行く。進む者を拒むように建てられた柵の向こうに、敵が駆け去る。
「せやっ」
 気合をひとつ吐いて、馬腹を蹴る。
 敵の策に囚われて身を重くするつもりはなかった。
 今日はそんな戦じゃない。
 とまどう仲間たちを置き去りにして、歳三は一人、関門に向かって駆ける。柵の間から息を潜めてこちらを見守る敵の群れのなかに、黒く光る物が見えた。無数の銃口が、歳三に向いている。
「喧嘩もできねぇ野郎ばかりだ」
 そんな世に未練などない。剣と剣でぶつかりあう喧嘩こそ、歳三の生きる修羅の世だ。遠くから銃口を向け、弱者が強者を殺すような戦いを、戦と呼ぶつもりはなかった。
「行くぜ」
 疾駆。
 爆音。
 空。
 西から東へと、白い雲が流れて行く。
「近藤さんよぉ、俺も疲れたぜ……」
 重い瞼(まぶた)をゆっくりと閉じた。その刹那、疲れが全身を包み、深い眠りへと誘う。
 歳三は心地よい眠りに落ちた。
 士道に背くまじきこと……。
 全うした。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

Back number