よみもの・連載

城物語

第九話『政道は潰えず(高知城)』

矢野 隆Takashi Yano

「一年の実入りが六千百七十九貫あまり。支出が七千百六十九貫あまり。年に九百九十貫ほどの不足が出ておりまする」
 免奉行、乾退助が分厚い帳面を広げながら、下座で言った。細い目に苦渋が浮かんでいる。免奉行は税務を司(つかさど)る役職だ。土佐の財政が逼迫していることは、以前から東洋も解っている。
 この難局を乗り切りさえすれば、退助は大きな功を得ることになる。それを見越した上での登用であった。
「なに難しい顔をしゆうがじゃ退助」
 腕を組み、東洋は穏やかに告げた。高知城三ノ丸の、東洋の執務のための部屋である。無駄な調度は一切ない。壁という壁に紙の束や帳面などの政に関する書き物がうずたかく積まれていて、物を置く隙間が無いのだ。
「士分の者から半知借上げを行い、民から出米(でまい)を供出させ、木材、紙、鰹節、鯨、砂糖、石灰等の売上をもってしても足りんがです」
「無い物は作ればいいきに」
「そう簡単に申され……」
 鼻息荒く抗弁を述べようとする若者に、掌を突き出す。口をへの字にしたまま退助が言葉を呑む。
「豊資様の御息女、嘉年(かね)姫様の婚儀の出費や、容堂様の品川での暮らしぶりに対し、儂の方から釘を刺しちょる。まずは奥向きの費用を削る。それから勘定方小頭以下の者たちを厳選し、人を減らせばその分の出費も減ろうが。小さなところで積み重ねてゆけば、儂の目算では千貫ほど浮くがぜよ」
「せ、千貫も浮きますろうか」
「やってみなけりゃ解らんき」
 やれ、と力強い一語で退助の背中を押す。
「解り申した」
 硬い笑みとともに退助は辞した。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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