よみもの・連載

城物語

第九話『政道は潰えず(高知城)』

矢野 隆Takashi Yano

「長崎はどうじゃった弥太郎」
 四角い顔をした若者が、控えめに顎を上げて東洋を見た。
「目を開かれる想いじゃったがです」
「そうか」
 これからの政は異国との関係も重要になってくる。そう見越した東洋は、長崎に弥太郎をやるだけではなく、諸国に先駆けて反射炉を築いた薩摩や新しく開港した函館へも人をやった。
「どうじゃなにか摑(つか)んで来たか」
「攘夷は刀では出来んちゅうことが身に染みて解ったがです」
 少林塾で学んでいた頃より少しだけ引き締まり、男の顔になった弥太郎を微笑ましく見つめながら東洋は問う。
「なにがあった」
「異国の者は喰うちょる物から違うちょります。彼奴等(きゃつら)は牛ん肉をようけ喰うけ、躰が鬼んようにでかいがです。それに、銃を触ったことがないような者でも、少しだけ教えてもろうたら簡単に的に当てることが出来ゆうライフルもようけ持っちょる。黒船や大砲だけやないがです。鎧兜(よろいかぶと)着けて槍(やり)振り回して戦っても負けるのは目に見えちょります」
「刀でできん攘夷を何でするがじゃ」
 伏し目がちな弥太郎の瞳が光った。
「銭です」
「銭とは」
「長崎には異人がようけおります。奴等はこん国ん物を欲しがっちょります。長崎に店を作って、土佐にある物を異人に売って儲(もう)けるがです。そうして儲けた銭で黒船や大砲や銃を奴等から買うがです。銭を稼いで異人と対等な力を得るがです。そうでもせんと、奴等は儂等を同じ人じゃと思わんがです。それが身に染みて解ったがです」
 弥太郎の答えに満足し、東洋は深くうなずいた。
「買うだけじゃのうて、儂等でも造れるようにならないかんぜよ」
「そうじゃ」
 対等な言葉遣いで言った弥太郎が、己の物言いの無礼に気付いて首をすくめた。
「良か良か気にすんな弥太郎」
「はい」
「黒船や大砲の造り方を学ぶためにも、新たな学問所がいる」
「御城下にはもう教授(こうじゅ)館が……」
「そいじゃ足りん。儂はな弥太郎。芸家を廃止しようち思うちょる」
 儒学、兵学、書道。そして槍、剣、弓、馬などの武芸は、すべて世襲によって統括されていた。それを土佐では芸家と呼んでいる。
「芸家がある故、才のある者は江戸の名のある道場にやらねばならんがじゃ。家に守られ研鑽を疎(おろそ)かにしゆう芸家なんぞ廃し、医術は分けて別の学問所を作り、文武は新たな学問所を作る。上士も下士も関係ない。学びたい者には学ばせる。そんな場を作るつもりじゃ」
 下士である弥太郎が身震いした。
「そ、そいつぁ凄(すご)かぁ」
「土佐は一から作り変えんといかん」
 東洋の言葉に、弥太郎は涙を溜めながらうなずいた。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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