よみもの・連載

城物語

第九話『政道は潰えず(高知城)』

矢野 隆Takashi Yano

「今度ばかりは少しやり過ぎじゃないがか叔父御」
 顔を見れば甥の思っていることは手に取るように解る。象二郎は恐れていた。今回の東洋の決断をである。
「こんなことをしたら豊資様もさすがに黙っちょらんのじゃないですろうか」
「そんなことは解っちょる。だからといってやらん訳にも行かんきにの」
 長き歳月で分家などによって馬廻り末子や小姓組末子などの格が生まれ、土佐の家格は煩雑になっている。上士の格を、家老、中老、馬廻り、小姓組、留守居組の五階層に改め、上士と下士の間にあった白札(しらふだ)を廃して留守居組に昇格させるなどの家格の簡略化を東洋は打ち立てた。もちろんこれには豊資をはじめとした、旧来の権威を頼りとしてきた者たちから猛烈な反発があった。しかし東洋は、書簡のやり取りによって品川にいる容堂を熱心に説得し、家格整理の断行の許可を得たのである。
「芸家を廃して文武館(ぶんぶかん)を建てるっちゅうことにも、良か顔をせん御偉方が多いがです。そのうえ格式を改めるなんて言うたら、叔父御はもしかしたら……」
 口籠った甥に笑いかけながら、東洋は両手で刀を持つふりをする。
「斬られる言うがか」
「そうなっても可笑(おか)しゅうなかがです」
「儂は一刀流指南役吉田忠次先生に手ほどきを受けちょる。若い頃は無礼な若党を斬って捨てたこともあるがぜよ」
「そん話は知っちょります」
 呆れたように象二郎が答える。
「叔父御が一度頭に血が昇ったら恐ろしかことは儂が一番良う知っちょるがぜよ。しかし、どんだけ叔父御が強くても、四、五人に闇討ちされたらどうなるか解らんき」
「男児欲報君恩重横屍沙場是善終(だんじくんおんのおもきにほうぜんとほっすかばねをしゃばによことうともここにおわりをよくせん)」
「袁牧(えんばい)ですろ」
 東洋は満面に笑みをたたえてうなずく。
「容堂様から受けた御恩に報いるためなら、どこで死んでも悔いはないきに」
「叔父御はそれで良かかもしれんが、遺された儂等はどがいなるがですか」
「死んだ後のことは知らんきに」
 天井を見上げ東洋は大笑する。
「儂が死んだ時は、おまんらに任せるきに頼んだぜよ」
「そがいな言葉、聞きとうないがです」
「戯言(ざれごと)じゃき、怒るな象二郎」
 口を尖らせる甥に告げる東洋の口許から、笑みは消えなかった。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

Back number