よみもの・連載

城物語

第九話『政道は潰えず(高知城)』

矢野 隆Takashi Yano

 落胆しながらも、東洋は諦めない。
「懐柔みとうな下賤(げせん)なことはせん。おまんはおまんで良いがじゃ。尊王攘夷の志を持ったまんま儂に仕えりゃあええがじゃ」
「騙(だま)されぬ」
 瑞山の目に殺気が宿る。
「そうやって容堂様や御家中の方々を籠絡し、私腹を肥やしたのだな」
「なにを言いゆうがか。儂は……」
 眉間と鼻の境目のあたりが脈打っている。今は爆ぜるなと、必死に心に念じた。前途ある若者を、怒りに任せて叱責してはならない。諭し、導くのだ。脈打つ眉間の下あたりに指を当てながら東洋は、瑞山と対峙する。
「御主(おぬし)を恨む声は城下に満ち満ちておる。それを知らぬとは言わせぬぞ」
 瑞山の顔が紅く染まっている。今にも斬りかかってきそうな勢いだが、あいにく刀は玄関で預かっていた。溺れそうなほどの殺気を浴びながらも、東洋は薄ら笑いを浮かべて瑞山を見つめる。
「この国を夷狄に売り払うつもりか」
「儂ん話をちゃんと聞いちょったがか。頭に血が昇って見境が付かんようになっちょるんじゃないがか。落ち着け瑞山」
「国を変えるなどと申して、結局は己の私腹を肥やすことしか考えておらんのであろう」
「噂は儂んことを快う思うちょらん豊資様等が流されちょる物じゃ。そがいなもんに騙されるな。ゆくゆくは儂も攘夷を目指す。そいは本心じゃ。御主と儂は根は同じがじゃ。儂と御主が睨み合うは、豊資様たち守旧派の思う壺がぜよ」
 腹に気を込め、東洋は重い声を吐く。
「儂は土佐を……、こん国を守ることしか考えちゃおらん。こん国が守れるならば儂は命もいらんがぜよ。そいが儂の政道じゃき」
 東洋の裂帛(れっぱく)の気迫に、瑞山が腰を浮かして仰(の)け反る。
「騙されぬ。騙されぬぞ……」
 瑞山の肩が大きく揺れている。
「良うく解り申した」
 顔を蒼白にした瑞山がつぶやいた。
「やはりこん国を乱しちゅう根源は吉田東洋じゃ」
 初めて瑞山の土佐訛りを聞いた。そしてこれが、東洋が最後に聞いた瑞山の御国言葉となった。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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