よみもの・連載

城物語

第九話『政道は潰えず(高知城)』

矢野 隆Takashi Yano

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 高知城は土佐二十万石を与えられた山内一豊(かずとよ)が、浦戸(うらど)城に代わり大高坂山(おおたかさかやま)に居城を移したことに始まる。それ以前にも大高坂山に城はあり、一時は前領主の長曾我部元親も居城としたが、江ノ口川と鏡川に挟まれた低地でもあり、治水の不便さからすぐに浦戸城へと居を移した。しかし一豊は、浦戸では満足な城下町を構築することが難しいため、この大高坂山に己が居城を築くと決意する。そして二年の工期をもって完成させた。当時の土佐の民の間には旧主、長曾我部への忠誠心が根強く残っており、新たに入った山内家を快く思わぬ者も多かった。そのため一豊は築城が進む高知城を検分する際、同じ装束に身を包んだ五人の家臣とともに城地を巡ったという。
 大高坂山に完成した城は、頂の本丸と二ノ丸を平廓(ひらぐるわ)に並べ、中段に三ノ丸、獅子の段を配し、下段に廓を築き水堀で囲んだ平山城であった。本丸には四層六階の天守閣が築かれ、それに接続する形で本丸御殿がある。

 その日、東洋はこの本丸御殿で、若き主、豊範に『日本外史』“信長記”の講義を行った。議題は本能寺凶変であったという。講義が終わり同席した者たちとともに、豊範から酒肴のもてなしを受けた。酒宴も終わり、城を辞したのは亥(い)の刻であった。
 象二郎や藤次らと連れだって、傘をさしながら大手門を潜る。それぞれが己が家を目指して去ってゆく。屋敷の側まで来たころには、供は若党と老いた草履(ぞうり)取りだけとなった。
 今でも主同席の酒宴は好きにはなれない。昔のことを思い出すのだ。山内本家の縁者である松下嘉兵衛を殴り飛ばしたあの日のことを。酒に酔って絡む嘉兵衛を殴り飛ばした所為(せい)で、東洋は二年もの間、野に下ることとなった。その二年があったから、象二郎や藤次、退助に弥太郎という才のある若者と親しくなれたのは、不幸中の幸いといえる。が、あの一件がなければ二年もの断絶はなかった。
 頭に血が昇ると見境がつかなくなるのは、悪い癖だ。解ってはいるのだが、どうすることもできない。眉間と鼻の境目あたりでなにかが爆ぜると、もう己ではどうすることもできないのだ。
 それでもやはり、あの二年が惜しまれる。
 土佐の変革はまだまだ道半ばだ。財政も軍事も格式の簡略化も若者の育成も、やっと手を付け始めたに過ぎない。どれだけ強引だと言われようと、悪しざまに罵(ののし)られようと、東洋にはやるべきことがある。外敵の強引なやり口に翻弄されて内側から崩れ去ろうとしているこの日ノ本の国を今一度立て直すためにも、まずは土佐一国を盤石にしなければならない。財政軍事人材の全てを揺るぎない物にして容堂公に献上する。容堂公はいずれ日ノ本の国の中枢に座るべき人材だ。あるべきところにあるべき人を送ることが、東洋の務めだと思っている。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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