よみもの・連載

城物語

第十話『兄ゆえに弟ゆえに(富隈城)』

矢野 隆Takashi Yano

        *

 兄がいたから、己は武を好んだのか。
 とつぜん投げかけられた兄の言葉に、義弘は息を呑んだ。
 己が何故、武を極めんとしたのか。
 たしかに兄の言う通りだ。
 政道を進まんとする兄を物心ついた頃から見てきた。そんな兄を支えるために、義弘は武を磨くと心に誓った。いや、心に誓うなどという尊大な想いを抱く前から、そう思って生きてきた。だから、兄がいたから武を選んだというのは間違いではない。しかしそれが嫌だったのかというと違うと断言できる。義弘はみずから好んで弓を取り、槍を摑(つか)んだのだ。馬を駆り戦場を駆けることを選んだのだ。
 年老いた今でも、字を追うことには慣れないし、長い間なにかを読んでいると眠気に襲われてしまう。第一そんなに長く読むことなど、ここ十数年なかった。支配地のことは大抵のことは家臣たちに任せている。肝心な時にだけ、口を出せば事足りた。
 義弘は武を好んでいる。
 いつになく真剣なまなざしで義弘を見つめる兄が、なおも口を開く。
「おいという兄がおったから、わいはおいとは違う道を選んだとじゃなかとか。おいがおらんかったら、わいは本当に今んごたる生き方ばしとるとか」
「そげなことはわからんっ」
 兄から顔を逸らしたまま、義弘は続ける。
「儂には兄者がおった。じゃから今の生き方があっとじゃ。無かった時んことなど考えられん」
「そいやったら」
「じゃっどん儂は兄者がおらんでも、武を選んじょったど。どげな生き方ばしとるかはわからんが、そいだけは間違いなか」
 兄の真意がわからない。
 義弘の心は乱れる。戦場にいる時にも感じないほど、胸が激しく脈打っていた。それを悟られまいと、膨らんだ鼻の穴から猛烈に息を吐く。
 兄が問う。
「おいがわいの望んじょった道の前に立ち塞がった。そいでわいは、おいを恨んじょっとじゃなかかと思うちょった。じゃっどん、わいが望んで武の道を歩んどるとやったら、別んことが聞きたか」
「なんじゃ」
「じゃったらなんで、わいはおいばそいほど憎むとか」
 兄を憎む……。
 誤解である。
「儂は兄者を憎んじゃおらん」
「おいがおらんかったら、わいは島津ん当主じゃった。胸を張って太閤に奉公できたとじゃ。おいがおらんかったら」
「止めてくいやんせ」
 義弘は兄の言葉を断ち切り、その顔を見た。

プロフィール

矢野 隆(やの・たかし) 1976年生まれ。福岡県久留米市出身。
2008年『蛇衆』で第21回小説すばる新人賞を受賞する。以後、時代・伝奇・歴史小説を中心に、多くの作品を刊行。小説以外にも、『鉄拳 the dark history of mishima』『NARUTO―ナルト―シカマル秘伝』など、ゲーム、マンガ作品のノベライズも手掛ける。近著に『戦始末』『鬼神』『山よ奔れ』など。

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