よみもの・連載

ポンコツ列伝

第一話 旗本たいこ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

「馬鹿を言うな。女郎を買う金を、何で俺が」
 貸さぬ。そう言うな。いや断る。友の頼みだろうに――押し問答する二人を見て、道行く人々が笑いを堪(こら)えている。しばしそうしていると、幾人目かに通りかかった者が声をかけた。
「庄次郎じゃないか。どうした、天下の往来で馬鹿をやって」
「あ。叔父上」
 亡き母と年子の弟、小林鉄次郎(こばやしてつじろう)であった。一応は武士なのだが、数年前に御家人株を売ってしまい、それを元手に小商いを営む半町人である。父に茗荷畑を世話したのも鉄次郎で、土肥家とは昵懇(じっこん)にしていた。
 この叔父なら助けてくれるかと、今の言い合いを明かす。ところが、返ってきたのは思いがけない言葉であった。
「何だ。吉原くらい行ったら良かろう」
「え? いや叔父上、吉原ですよ。その、女郎を買って……ひと晩、ですな」
 鉄次郎は「心底驚いた」と目を丸くした。
「まさか、おまえ。その歳で女を知らんのか」
「知る訳がないでしょう。嫁もなし、遊びは厳に禁じられておるのに」
 もごもごと応じる。やれやれ、と眉をひそめられた。
「馬鹿正直にもほどがある。良いか、土肥の家を継いだら他との付き合いもあるのだぞ」
 遊びのひとつも知らずに人付き合いを避けていては、自らを苦しくするばかりだ。出世の妨げにもなる。叔父の言い分に、庄次郎は「しかし」と口を尖(とが)らせた。
「父は近習番頭取を任されておりますが」
「おまえは半蔵殿ほど頭が回らん」
 やり取りを聞いて、前野が笑いを嚙(か)み殺している。庄次郎は「こいつめ」と友を睨(にら)み、また叔父へと目を向けた。
「ですがね、叔父上――」
「それに女郎を買うのは人助けだぞ。漢気(おとこぎ)と度量を養うのにも良い」
 言下に遮られた。遊里の女は概(おおむ)ね、貧しさのあまり親に売られた娘であって、世では「親兄弟を助けるために身を差し出した孝行娘」と見られている。ゆえに、女郎を買うのは孝行の手助けであって、これを咎(とが)める者はない。夫が女郎を買って怒る妻がいれば、その妻こそ無粋だ無情だと笑われる。
 しかし、と庄次郎は面持ちを渋くした。
「うちの親父にそれは通じませんよ」
「だから、わしが口添えしてやると言っているのだ」

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

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