よみもの・連載

ポンコツ列伝

第一話 旗本たいこ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

 清太が撥(ばち)を取って三味線を掻(か)き鳴らす。庄次郎は満面の笑みで胸を張り、太閤記の文句を交えつつ小唄を歌った。
「忍ぶところを旦那が見付け 夕顔棚の此方(こなた)より 現れ出(い)でたる蟾蜍(ひきがえる) どっこい遣(や)らぬぞ そこ放せ」
 歌いながら座敷を這(は)い回る。ぎょろりとした目に太い体は、まさに蟾蜍であった。愛里が、くすくす笑う。そこへ「げこげこ」と舌を伸ばせば、芸者衆も囃(はや)し立てて笑った。
 いよいよ興が乗ってきた。庄次郎もへらへらと笑い、なお這い回ったのだが――。
 不意に、がらりと障子が開いた。目の前には白い足袋。遊びに来た者ならば足袋は紺、これは誰だと目を上に向ける。
「情けない姿を晒しおって。この恥知らずが!」
 雷鳴の如き一喝が加えられた。父・半蔵であった。
「帰るぞ。支度せい」
 首根を摑まれ、突き飛ばされる。
 庄次郎は恐れなかった。ああ、ついに。その思いで帰り支度をした。
 吉原通いを知りつつ、今日まで父が苦い思いを呑み込んできたのは、叔父の口添えがあったからだ。それが、わざわざ自ら足を運び、こうも強く叱責を加えている。その理由についても、庄次郎は重々承知していた。
「そこへ座れ」
 小石川(こいしかわ)の屋敷に戻ると、暗い庭に座らされた。縁側に腰を下ろす父の傍らには、行燈(あんどん)が発する乏しい明かりのみ。後ろには弟の八十三郎(やそさぶろう)が苦しげな面持ちで俯(うつむ)いていた。
「申すべきことがあろう」
「家の金を、持ち出しました」
 静かに問い詰められ、真っすぐに父を向いて答えた。
 遊びを覚えた頃には五十両余りを持っていた。とは言えひと晩の遊びで十両、二十両と吐き出すのが遊里というものだ。槍術(そうじゅつ)指南の月謝、月々三両の実入りでは、いつまでも続くものではない。三度遊んで女と馴染みになれば、床花(とこばな)と呼ばれる祝儀を出すのが吉原の仕来りである。愛里と馴染んだ折の床花で、懐は空になっていた。
 悪いことと知りつつ、庄次郎は父の蓄えを七十両ほどくすねた。これとて父への反発が生んだ非行なのかも知れない。
「愚か者め。鉄次郎は、おまえの分別を信じて遊びを勧めたのだぞ。人の信を裏切るなど、最も恥ずべきことじゃ」
「今日より心を入れ替えます。このとおり」

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

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