よみもの・連載

ポンコツ列伝

第一話 旗本たいこ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

「ならぬ」
 大きな溜息が聞こえた。次いで「八十三郎」と、無念そうに呼び掛ける。弟が「はい」と神妙に応じると、父は何かを奥歯で噛み殺し、硬い声音を寄越した。
「一度でも己を律せられなんだ者が、行ないを改められるはずがない。土肥の家は八十三郎に継がせる。庄次郎……勘当じゃ。出て行け」
 父の厳(いか)めしい顔には何を思うこともない。ただ、俯いた弟に対しては悔恨の涙が滲(にじ)んだ。
 庄次郎は、その晩のうちに家から放り出された。着の身着のまま、今宵使い残した二百文ほどの銭があるばかりだった。

   *

「そいつぁ、いけませんや」
 戸惑った声が返る。庄次郎は「そこを何とか」と頭を下げた。家を出されて行く当てもなく、幇間の荻江清太を頼っていた。
「あんたは吉原でも顔が利く。勘当の身を不憫(ふびん)と思うなら、どうか弟子にしてくださいよ」
「不憫は不憫でさあ。でもね、あっしは元々が幕臣て言ったって、大した家柄じゃござんせん。土肥の家は一橋様のご重職じゃねえですか」
 幇間は道楽者の成れの果てだと、清太は心得違いを諫(いさ)める。だが庄次郎は諦めなかった。
「ねえ清太さん。いや師匠。俺の今の姿は、道楽者の成れの果てじゃあありませんか。それに俺だって、ただ行く当てがないから頼んでいる訳じゃない」
 吉原通いを続けたのは、確かに女の色香に負けたからだ。だが、それだけではない。絢爛(けんらん)な町並みと、人々が楽しげにしている空気が好きだった。宴席の笑いに心が躍ったのだ。
「芸者衆や清太さんの芸も大好きだ。ねえ? 三度目から……だったか、俺に三味線を教えてくれたじゃありませんか。筋がいいって、褒めてくれたでしょう」
 家を出された今、他に「これこそ」と思えるものがない。どんな修業にも耐え、必ず人を笑顔にする芸を身に付けるからと、丁寧に頭を下げた。
 似たような問答も幾度目か、清太は「仕方ねえなあ」と息をついた。
「たいこもち。男芸者ですぜ。こんな稼業にそれほどご執心なら、お世話致しまさあ。庄さんがこうなったのは、あっしにも責任があることですからね。ご贔屓(ひいき)に与(あずか)ってきたお礼です」

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

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