よみもの・連載

ポンコツ列伝

第一話 旗本たいこ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

 薩長は武力による倒幕を目指し、徳川家を朝敵に堕(お)とさんと策を弄するようになる。そこで徳川慶喜は先手を打ち、自ら朝廷に大政を奉還して恭順の意を示した。これにて徳川は天皇の下、新たな政府でも重職を任されることになった。
 すると薩長は公卿を抱き込み、突如「王政復古」を唱えて、新政府の枠組みから徳川を締め出してしまった。加えて昨年末、江戸城二之丸に火事が起きている。確かな証こそないが、薩摩の仕業ということで衆目は一致していた。
「斯様(かよう)な時に、また吉原ですか」
 如何に仲の良い弟でも、それは怒るだろう。俺は駄目な奴だと少しばかり悔やみつつ、口をもごもごさせた。
「いや、まあ、その……な?」
 弟は、大きく溜息をついて返した。
「まあ構わんでしょう。これから、しばらく遊びどころではなくなりますからな」
「は? おい。え? どういうことだ」
「戦です」
 京の南方・鳥羽(とば)と伏見(ふしみ)に於(お)いて、ついに新政府軍と旧幕府軍の戦が起きたらしい。王政復古の一件は強引に過ぎたし、薩摩には江戸城への付け火の疑いがある。その上でなお、徳川慶喜は朝廷に恭順の意を示し続けた。加ええ言えば、鳥羽・伏見の戦いも新政府軍から仕掛けてきた結果である。旧幕府側には全く非がない。にも拘らず、この戦に大敗したことで賊軍の汚名を着せられた。慶喜も江戸に退いて来るという。
「大樹(たいじゅ)公は謹慎なされると聞き及びます。されど薩賊共はお城に火を放つような無法者なれば、ただで済ませるはずもなく」
「とは言え、大樹公が謹慎するんだろう? 下の者が戦に訴えては台なしだろうよ」
 八十三郎は、決然と頭を振った。
「将軍家とは無縁の隊伍を組んで戦うのです。今日、我が友より誘いを受けました」
 その名も、彰義隊(しょうぎたい)。八十三郎は血気に燃えた目でつかつかと進み、後ずさりしようとする庄次郎の肩をぐいと摑んだ。
「官軍を騙(かた)る賊共が、どれほど卑劣な策を弄(ろう)して参ったか。斯様な者共に天誅(てんちゅう)を加えるは、一橋家に連なる我らを措(お)いて他になし。兄上も参加していただきますぞ。よろしいですな」
「あ……おう。も、もちろんだ」
 危急存亡の秋(とき)に吉原で遊んでいた引け目がある。その上で並々ならぬ決意を示されては、断るという道はなかった。

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

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