よみもの・連載

ポンコツ列伝

第一話 旗本たいこ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

   *

 彰義隊は輪王寺宮能久親王(りんのうじのみやよしひさしんのう)を擁し、上野寛永寺(うえのかんえいじ)に立て籠もった。能久親王は寛永寺の貫主(かんじゅ)にして、先々代・仁孝(にんこう)天皇の猶子である。新政府が錦の御旗とする祐宮睦仁親王(さちのみやむつひとしんのう)に対抗し、こちらこそ正統と示すための旗であった。
「いくぞ。今だ、放て!」
 五月十五日未明のこと。庄次郎の一声に従い、寛永寺門外の三橋(みつはし)砲台から轟音が飛んだ。不忍池(しのばずのいけ)の南岸、仲町(なかまち)通りに砲弾が落ちて土くれの柱を上げる。薄暗い朝闇が別の暗さに覆われた。
「おい見ろ。賊共、逃げて行くぞ」
 砲手を務めたのは、一橋家の朋友・前野権之進である。前野は躍り上がって喜び、庄次郎の肩をバンと叩いた。
「すごいぞ、猛将の働きだ。てっきり、女郎に嵌(は)まって腑抜(ふぬ)けておると思ったのに」
「酷(ひど)い言い種(ぐさ)だ。おまえに引っ張って行かれた末の吉原通いじゃないか」
 身を持ち崩した責めまで負わせようとは思わない。が、こういう褒められ方はいささか腹が立つものであった。
 庄次郎の砲術は、剣や槍と共に、父に言われて習っていたものである。長らく捨て置いた技だけに、ただの一撃で敵を退けられるとは思っていなかった。
 もっとも、敵はすぐさま反撃に転じた。遠く呼子(よぶこ)の音が響くや、先に砲撃を加えた仲町通りのやや左手、広小路(ひろこうじ)から本隊を繰り出して、御成(おなり)街道を真っすぐ馳(は)せ進んで来る。
「前野、砲身は?」
「まだ冷えておらん」
「だろうな」
 一度放った大砲は、砲身が冷めるまで次の弾を込められない。新政府軍の持つアームストロング砲なら二発三発と続けて撃てるが、旧幕府軍、それも有志による彰義隊はそうした新鋭の武備を持たなかった。つまり先ほどの突撃は陽動で、この本隊を詰め寄らせるための囮(おとり)だったか。
「よし、そろそろ行ける。弾込めをするから指図してくれ」
 前野の声に「おう」と返すも、敵はわずかの間に肉薄していた。互いの間合いはもう五町(一町は約百九メートル)ほどしかない。

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

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