よみもの・連載

ポンコツ列伝

第一話 旗本たいこ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

「おまえのお陰だよ」
 ほどなく台屋(だいや)――仕出し屋から出前が届く。華やかな見た目、高い値ほどの味ではないが、今宵の二人にとっては天上の美味であった。
 飯を終え、妓楼の内湯を使うと、愛里の座敷に雑魚寝で夜を明かした。
「さてこの後だが、とりあえず江戸を離れて様子を見ようと思う。どうだ」
 明くる朝、芋の煮付けと味噌汁(みそしる)で飯を食いつつ、前野が切り出す。庄次郎は呆気(あっけ)に取られ、怪訝(けげん)な眼差しを返した。
「江戸を離れるって、どうしてだ」
「伝習隊(でんしゅうたい)は宇都宮(うつのみや)で負けたが、会津(あいづ)に向かって兵を整え直すそうだ。会津のみならず、江戸や上総(かずさ)、下総(しもうさ)でも賊に抗おうとする動きはあるぞ。旗色のいいところに加勢して勝ちを捥(も)ぎ取れば、これを梃子(てこ)に戦を覆せるかも知れん。上州(じょうしゅう)なら、どの地にも動きやすい」
 とは言え、である。彰義隊は散りぢりになった。負けたのだ。ならば、このまま吉原にいても良かろう。自分は殺伐とした戦場よりも、華やかで楽しい遊里の方が好きなのだ。
 そう言うと、前野は「おいおい」と眉をひそめた。
「堅物が柔(やわ)くなったのはいいが、変わり過ぎだ。四の五の言わずに来い」
 庄次郎は前野に引き摺(ず)られて吉原を発ち、上州伊香保(いかほ)に潜むこととなった。

   *

 会津は将軍家の親藩で、旧幕府軍の一方の旗頭であった。これを征伐すべく、新政府軍は奥州(おうしゅう)へ兵を進めていた。
 奥羽諸藩は初め、新政府軍に恭順の姿勢を示しつつ、急な戦を諫めた。五月から六月は稲作にとって大事な時期、天下国家の計を語るなら領民の暮らしをこそ守るべし。同じく会津にも温情の沙汰を下せば、きっと恭順するだろうと。
 だが会津征伐軍の下参謀(しもさんぼう)・大山格之助(おおやまかくのすけ)と世良修蔵(せらしゅうぞう)は、勤皇の戦に民の都合を差し挟むべからずと吠(ほ)え、嘆願を一蹴して諸藩に出兵を無理強いした。一方、連絡の書簡には「奥羽の者共は信用ならぬ」と書き送っている。
 書状の内容が露見すると、当然ながら奥羽諸藩は激怒した。新政府軍が斯様に奥羽を侮り、端から使い潰す肚だと分かった以上、当然であった。賊共の正体見たり――奥羽列藩は同盟を組んで会津に肩入れし、新政府軍と戦う意向を固めていた。

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

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