よみもの・連載

ポンコツ列伝

第一話 旗本たいこ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

 それがこの二ヵ月の動きである。伊香保にも彰義隊の生き残りがぽつぽつ合流して来た。中には庄次郎の弟・八十三郎の姿もあり、今や十二人に膨らんでいる。が、身動きはできなかった。どこを見ても旧幕府軍の旗色が悪く、十二人が加勢したところで力になれないからである。
「会津も、そろそろ」
 前野が大きく溜息をついた。伝習隊や新選組(しんせんぐみ)、奥羽列藩同盟の加勢も虚しく、既に本拠の鶴ヶ城(つるがじょう)も風前の灯火(ともしび)だという。
「なるほど。だとすると、頼りになるのはもう海軍だけか」
 八十三郎が、声を押し潰したように吐き出した。徳川宗家の大減封(だいげんぽう)も決まり、旧幕府軍には抗うだけの力が残っていない。そうした中、海軍の副総裁は気骨のある人だという。新政府軍に命じられた軍船の引き渡しを拒み、江戸を脱して戦おうとしているらしい。
「あれか。蝦夷(えぞ)の、箱館(はこだて)に行くという」
 皆が八十三郎と前野の話に聞き入っている。傍らで、庄次郎は俯いて聞き流していた。思うことと言えば、これだけ集まると百姓家の納屋では狭すぎるな、とだけ。
「江戸に戻るまでは、訳のない話だ」
 誰かの声が上がった。新政府軍は江戸を握り、関東各地に上がった火の手も抑え込んで、奥羽に増援の兵を発した。従って江戸は手薄、人の出入りも細かく取り締まれていないはず。夜陰に乗ずれば目を盗むのは容易い。
 確かにそうだろう。しかし。
「どうやって渡りを付けるんだろうねえ」
 庄次郎は、口の中だけで小さく呟(つぶや)いた。戻るまでは良しとしても、海軍に話を付けるのは難しい。そんなことより、戻るなら吉原でゆっくり休みたいものだ。
「そう、それが難しい。なあ土肥、妙案はないか。おまえ江戸市中には詳しかったろう」
 ほんの小さな呟きを聞き拾って、前野がこちらに話を向けた。楽しさの欠片(かけら)もない話を面倒に思って、いい加減に応じた。
「知らんよ。市中に詳しいからって、海軍に顔が利く訳じゃねえさ」
「……確かに。俺たちは所詮、兵でしかないものな。畜生め。海軍の副総裁は、若い身でひとり気を吐いてるってのに。榎本武揚か。大したお人だ」
 その名を聞いて、庄次郎は思わず声を上げていた。
「榎本って、おい! 武さんか? ええ?」
 皆の目が集まった。たった今の庄次郎より、遥かに驚いている。
「武さんとは? もしやお知り合いで?」

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

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