よみもの・連載

ポンコツ列伝

第一話 旗本たいこ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

 八十三郎の震える声に、おずおずと頷いて返した。切腹を免れて土肥の家を追われた後、下田で知り合ったことを明かす。
「麻疹の看病してやって、少しばかり親しくなった」
 幇間・荻江露八が長崎にいたのもその縁である。語るほどに皆の顔は呆(ほう)けていったが、ひととおり話すと一転、一斉に歓喜に沸いた。
「なら、兄上のご縁で渡りを付けられます」
「そうだな。土肥、ぜひ頼む」
 八十三郎と前野に両手を取られ、逃げ場がなくなった。面倒ではある。だが庄次郎は、かえって胸中にほくそ笑んだ。
「分かった。が、ひとつ条件がある。皆の受け容れが認められたら、俺はそこで抜けるからな。それで良ければ頼まれよう」
 寸時、一同が難しい顔を見せた。とは言え彰義隊の残党には、他に取るべき道がない。
「仕方ない。それで構わん」
 前野に続き、皆が「俺も」「良かろう」「その代わり、しっかりやれよ」と頷く。八十三郎は「まったく兄上は」と歯ぎしりしたが、流れに逆らう気はないようであった。
 八月十九日未明、密かに江戸へ戻る。そして神田川が隅田川に流れ込む辺り、柳橋(やなぎばし)を訪れた。ここは船を使って吉原に行く時の玄関口で、多くの船宿が軒を連ねていた。妓楼の客として、或いは幇間・荻江露八として吉原に浸っていた庄次郎には伝手(つて)も多い。その中の一軒に頼み込み、夜半に江戸湾へ進めてもらった。
 咸臨丸が緩やかな波に揺れている。下田から長崎まで乗った日を懐かしみながら、庄次郎は声を上げた。
「相すまぬ。榎本副総裁にお目通り願いたい。露八が来た、で通じるはずだ」
 幾度か繰り返すと、不寝番がこれを聞き拾う。初めは拒まれたが、彰義隊の生き残りを容れてくれと切り出すと、返答は「少し待て」に変わった。
 やがて船から縄梯子(なわばしご)が下ろされる。登りきった先には、確かに榎本武揚の顔があった。
「これは驚いた。本当に露八さんだ。どうしてまた、彰義隊のことを?」
 目元の鋭さは増していたが、相変わらず人好きのする笑みである。庄次郎は少し照れ臭いものを持て余しつつ、手短に仔細(しさい)を語った。
「彰義隊には、弟に引っ張られて加わった訳ですがね。武さ……榎本殿のご厚情を願う者が、俺を除いて十一人いるもので」
「これは心強い。分かった、全て容れよう。露……土肥殿のお仲間は、今どこに?」
 柳橋の船宿にいることを明かすと、榎本は「なるほど」と頷き、傍らの者に命じた。

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

Back number