よみもの・連載

ポンコツ列伝

第一話 旗本たいこ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

「すぐに迎えの船を手配して、これへお招きせよ。土肥殿が乗って参られた船に案内してもらうと良かろう。それから土肥殿には一室を宛がい、丁重におもてなしするように」
 庄次郎は「え?」と目を丸くした。
「いや、俺の役目はこれで終わり――」
「分かっているとも。これで終わりではない。共に箱館で戦おう。貴殿との再会は、ことのほか嬉しい。忍んで来るのも大変だったろうな。まずは、ゆっくり休んでくだされ」
 庄次郎は「いや」「違う」と口を挟もうとしたが、捲(まく)し立てられて、皆まで言わせてもらえなかった。榎本はやはり忙しいと見えて、言うだけ言うと「夜明けと共に船出だ」と残し、すたすたと去ってしまった。
 自分はこれで彰義隊から外れるつもりなのだから、降ろして欲しい。庄次郎は人を捉(つか)まえて事情を話し、甲板に戻った。だがその頃には、もう船宿で仕立てた船は消えていた。
 致し方なく、皆を迎えに行った船の戻りを待つ。その時に降りれば良いのだ、と。
 ところが。
「よし、船を出せ」
 彰義隊の皆が船に乗り込み、出航の時を迎える。八艘(はっそう)の軍艦が品川沖から浦賀(うらが)を抜け、江戸湾を去って行く。庄次郎はずっと榎本に肩を組まれていて、ついに逃げられなかった。

   *

 蝦夷の箱館ではない。庄次郎は駿河(するが)、府中(ふちゅう)城の牢(ろう)にあった。
 品川を出航した頃には、もう逃げられないと観念していた。だが、榎本が二番艦の千代田形(ちよだがた)に移ることとなったため、庄次郎は「しめた」と小躍りしたい気持ちだった。
 如何な新鋭の軍艦であれ、どこの湊にも寄らずに箱館まで行く訳もあるまい。いずれかに停泊した折に船を降り、行方を晦(くら)ませば済むはずであった。
 そのはずだったのに。
 八艘の艦は江戸湾から外海に出て、黒潮に乗った。九十九里浜(くじゅうくりはま)を過ぎ、銚子(ちょうし)の犬吠埼(いぬぼうさき)を越え、やがて鹿島灘(かしまなだ)に至る。常陸(ひたち)の北部より先は会津征伐軍が押さえているとあって、その前にどこかの湊に寄ることになっていた。
 だが、その日を目前にして嵐に見舞われた。咸臨丸は舵(かじ)を失い、また帆を吹き飛ばされて、目指す方へと行けなくなってしまった。

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

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