よみもの・連載

ポンコツ列伝

第一話 旗本たいこ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

「はいはい。お呼びくださって、ありがとうごぜえやす」
 新春の一夜、露八はとある座敷に呼ばれた。一礼した格好で障子を開け、扇を広げて下向きに膝元へ。客が上座、自分が下座と示して口を開く。
「いやあ旦那。実は今朝方、夢を見たんでさあ。お座敷に呼ばれて、そこにいたのが見知らぬお人、ちょうど旦那みてえな色男でして」
 にこやかに媚びて顔を上げる。そこにあったのは、見知らぬ男ではなかった。
「酷いな、露八さん。私を忘れたのか?」
 榎本武揚が、笑いを堪えていた。
 鹿島灘で嵐に見舞われた後、咸臨丸は流されてしまったが、榎本は何とか箱館に辿り着いて新政府軍と戦った。だが既に大勢の決した戦である。半年も粘り抜きはしたものの、勝つには至らなかった。
 榎本は捕らわれて投獄された。しかし陸軍中将・黒田清隆(くろだきよたか)らの嘆願によって助命され、以後は明治政府の下で北海道の開拓や露西亜(ロシア)との外交などに携わってきた。今や一方の重鎮と言えるほどに出世している。
「なあ露八さん。いやさ土肥君。貴公は元々が旗本の家柄だ。士族だぞ。それが幇間をしているなど、ご先祖に申し訳が立たんと思わんのか。貴公の弟、八十三郎君とて箱館で勇敢に戦って死んだというのに」
 榎本は言う。この上は国士の端くれとして庵(いおり)でも結び、戊辰(ぼしん)の戦禍に散った皆の菩提(ぼだい)でも弔ってやったらどうか、と。
「その気があるなら不肖この榎本、貴公が生涯に受け取るであろう祝儀の全てと同じだけの金を出してやろうじゃないか」
 露八は「いやいやいや」と大笑した。
「確かに頭ぁ丸めちゃいますよ。でもねえ。土肥庄次郎からすぐ坊さんになったんならいざ知らず、松廼家露八に拝んでもらって喜ぶお人なんざ、いますかねえ。武さんはどうです。嬉しいですか」
 すると榎本は「む」と唸って、困り顔になった。露八は「でしょう?」と銚子を取り、榎本の盃(さかずき)に酌をする。
「それに、あっしは楽しいのが好きでしてね。坊さんてえのは、常世(とこよ)の幸せのためにいるもんです。たいこは現世(うつしよ)、この憂き世でね、皆に楽しく生きてもらうためにいるんでさあ。そっちの方が、あっしの性に合ってますよ」
「そうか。憂き世を楽しく生きてもらう、か」
 榎本も大笑し、心置きなく呑んだ。そして引け四つの拍子木を聞くと、露八の肩をひとつ強く叩いて、女は抱かずに帰って行った。
 旗本の家柄、士族など糞でも食らえとばかり、露八は幇間として笑いと快楽に生きた。そして明治三十六年(一九〇三)十一月、齢七十で世を去った。

<了>

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

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