よみもの・連載

ポンコツ列伝

第二話 わしは腹を切るぞ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

    *

 あと少しで我らが本拠・岡崎城。と思いきや、日が沈んでしまった。そして、ついに後ろから馬蹄(ばてい)の音、人の足音。追っ手である。宵闇(よいやみ)に姿を晦(くら)ましやすくはあるが、城まで帰るには灯(あか)りが要る。火を灯(とも)せば、こちらの居どころを教えるようなものだ。
 かくして、すぐ近くの大樹寺(だいじゅじ)に身を寄せることとなった。松平家代々の菩提寺(ぼだいじ)である。
 ここで一夜を明かした翌朝、わしは宿所とした僧坊に三人の重臣を召し出した。酒井正親に鳥居伊賀守(とりいいがのかみ)、石川式部(いしかわしきぶ)。どれも譜代の者たちである。
 それらを前に、ひとつを告げた。すると。
「は?」
 三人が、一様に呆気(あっけ)に取られおった。
「たった今、申したとおりだ。分からんのか」
 胸を張って酒井を見る。が、何だその怪訝(けげん)な顔は。言いたいことがあるなら申してみよ。
「その。大いに分からんのですが。いったい何を仰せなのやら」
「だから! わしは腹を切ると言ったのだ」
「いや、それは聞き申した。何ゆえお腹を召されんとするのか、そこが分からんのです。そも、胸を張って言うことではございますまい」
 焦(じ)れったくなってきた。右手を口元に運んで、塩嘗(な)め指の爪を嚙(か)む。常々「それは悪い癖だ」と咎(とが)められているが、苛々(いらいら)するとつい出てしまうのだ。ああ、もう。あまりに話の通じぬ面々に苛立ち過ぎて、嚙み切ってしまったではないか。爪の先が鋸(のこ)になった。これで蚊に食われたところを掻(か)くと心地好いのだが、今はそんなことで喜んでいる場合ではない。
「酒井。丸根砦から逃げる前、わしが何と言ったか覚えているか」
 たとえ逃げても、今川の助けがなければ織田には敵わない。先々の見通しが立たない。ならば逆に、織田に降る方が危なくないのではないか。そう言ったのだ。
「すると、おまえはこう言った。先々の道は我らが切り拓いてご覧に入れますと」
 だが――いささか失敬な振る舞いだが、酒井を指差して声を大にする。
「それが、何だこの有様は。寺に逃げ込んだまでは良いが、一夜明けたら囲まれているのだぞ。これで、どうやって先々を切り拓くのだ」
「いえ、左様に詰め寄られましても」
 む。指差され、鋸の爪を向けられたからか。爪だけに「詰め寄る」と。少し面白いと思ってしまったのが癪(しゃく)に障る。こんな言葉遊びになど、はぐらかされんぞ。
「ご隠居様が討ち死になされて、今川方は各々が尾張から退くので手一杯だろう。援軍も求められん。捕われるのは目に見えている」
 ゆえに腹を切ると言っているのだ。
 いや。恐いのだよ。そこは間違いない。何しろ痛いし命を落とすのだ。恐くないと言う奴がいたら、頭のひとつも張ってやりたいところだ。しかし、進退窮まったら恥を晒すべからず、自ら腹を切れというのが武士ではないか。
「尾張に曳(ひ)いて行かれ、信長殿に手ずから斬首されるなら諦めも付く。だが、これではどこの誰とも分からぬ下郎の手に掛かるを待つのみだ。ならば松平の当主として、身の処し方を全うするべきだ。違うか」
 酒井、石川、鳥居、誰ひとり何も返せずにいる。どうだ。理の当然を示されて降参したか。

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

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