よみもの・連載

ポンコツ列伝

第二話 わしは腹を切るぞ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

 嗚呼、それにしても。どのくらい痛いのだろう。ちょっと指を切った時くらいの痛さなら良いのだが、虫の好い話だろうか。
「あの、殿。その……お心は十分に察しましたゆえ、お腹を召すに当たって、立ち会いの者を定めようと思うのですが。この寺の住持・登誉天室(とうよてんしつ)様では如何でしょうや」
 石川式部である。何と言うか、あっさりと聞き容(い)れすぎではないのか。いや、止めて欲しかった訳ではない。断じて違うと示すために、当主としての威厳を見せなければ。
「住持殿なら不足はない。急がんと、先に腹を切ってしまうぞ」
 お。今のは、我ながら厳かに決まった。と思ったら石川め、喜んで「はい」と出て行った。溜息が、ひとつ出る。少しだけ、止めて欲しかったかも知れない。
 ともあれ切腹の支度だと、寺の墓所、先祖の墓へと進む。その前に腰を下ろし、居住まいを正して合掌した。
 父上、爺(じじ)様を始めご先祖様方。まこと申し訳次第もございません。松平家はこれで滅亡となります。我が覚悟のほどを見届けてく――。
「元康様」
 念じている途中で呼び掛けられた。家臣ではない。では住持かと振り向けば、そこには確かに穏やかな法体(ほったい)の姿があった。
「住持殿。お待ちしておりました」
「いやはや。お腹を召されるゆえ立ち会いをと頼まれ、泡を食って参じたものにて」
「何を慌てることがありましょう。武士として潔くせんという一事に過ぎません」
「否! 御身には、まだ成すべきことがおありのはず」
 そして住持は、俄(にわ)かには聞き取れない言葉を発した。
「厭離穢土、欣求浄土。拙はそれをこそ勧めとう存じます」
 えんりえど、ごんぐじょうど。はて。一向に分からん。仏法についても学んではきたが、何しろ釈迦牟尼(しゃかむに)の教えは深長に過ぎる。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言うからな。そろそろ一生を終えようとしているのだが、ここは素直に訊ねてみよう。
「それは?」
「穢(けが)れた地を厭(いと)い離れ、進んで浄土を求めるということです」
「ああ、そういうことでしたか。まさに進んで浄土を求め、腹を切るところです」
「そうではなく! この世の穢れを祓(はら)い、浄土に変える道を探せと申し上げておるのです」
 強く返されると、ばつが悪い。とは言え、どうやら切腹を止めに来てくれたようだ。そうか。では思い止まって――。
 いや。いかん。すぐに掌(てのひら)を返しては覚悟を疑われる。軽い男と思われたくない。
「わしに、それほどの力はありません」
「今は、でしょう。左様な力を身に付ける日が来ないと、どうして言いきれます」
 教え、諭し、導く。まさに僧侶。
 なのだが、もの言いは中々に無茶である。この世を浄土に作り変えるなど、釈迦牟尼でさえ成し得なかった大業ではないか。
「さすがに、それは……」
 どう力を尽くしたところで、魚は陸(おか)を駆け回れない。人は空を飛べないのだ。そう言おうとしたら、地獄の閻魔(えんま)も真っ青の目を向けられた。

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

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