よみもの・連載

ポンコツ列伝

第二話 わしは腹を切るぞ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

「どこが得心できぬと申す。常に誰かに従う身でありながら、諦めずにきたからこそ、わしは天下を取れたのではないか」
 すると阿茶は、さも呆れたように「呆れた」と申す。いや、呆れておるからにはそういう態度になるのだろうが、その「心の底から呆れました」というのは如何なものか。
「それほどに悪しき訓示ではないと思うが」
「ええ、悪しきものではございません。されど大御所様のご遺訓にこう書かれていて、誰が得心するのです。大坂の戦でも、窮して『わしは腹を切る』と取り乱されたそうではないですか」
 あ痛。痛たたたた。
 いや。豊臣を滅ぼした大坂の陣に於(お)いて、わしは確かに「腹を切る」と口走った。真田信繁(さなだのぶしげ)の突撃を受け、備えを崩されて本陣が危うくなったのだ。我が身も年老いた上は、この猛烈な攻めを往(い)なしきれまい。討ち死にするくらいなら潔く生涯を決し、徳川将軍家の威厳を保つべしと思うたのだ。
 とは言え、戦場の話ではないか。なぜ阿茶が知っておる。この耳年増(みみどしま)め。あ、いや、これは意味が違うな。阿茶は年増だが。
「誰が年増ですって?」
 しもうた。口に出ておったとは。だが慌ててはならん。阿茶は六十を数えておるのだ。
「年増どころか、婆(ばば)様ではないか」
 いかん。睨まれた。三十六計逃げるに如(し)かず。
「いや、すまぬ。許してくれ。このとおりだ」
「ともあれ。大御所様ほど諦めの良いお方は他におられません。桶狭間の戦いの後で、先々が暗いからと、お腹を召そうとなされたとか。本能寺で織田様がご生涯となられた折にも、知恩院で腹を切ると仰せられたそうではありませんか」
「されど三方ヶ原で大敗の折は、腹を切ろうとせなんだぞ。諦めなかったのだ」
 あたふたと言い返すも、阿茶の目が冷たい。どうやら焼き味噌のせいで切腹を思い止まったことを知っておるらしい。糞ったれめ。あ、わしのことではないぞ。
 それにしても、何たることか。もう溜息しか出ぬ。
 大坂の話が漏れていたのは致し方なし。本能寺も良しとしよう。三方ヶ原の話とて、百歩譲って恥を忍ぶのみだ。されど。
「桶狭間の戦いは五十五年も前ぞ。そなたは五歳だったはずだが、もしや」
「失敬な。歳を偽ってなどおりませぬ」
 一喝されて、思わず背筋が伸びてしもうた。女の歳を云々(うんぬん)してはならぬ。これも遺訓に加えておこうか知らん。

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

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