よみもの・連載

ポンコツ列伝

第二話 わしは腹を切るぞ

吉川永青Nagaharu Yoshikawa

 阿茶が一々を説いた。桶狭間の時の話は酒井一族から、三方ヶ原の一件は大久保一族から、本能寺の折のことは本多一族から聞いたのだという。
 怒りが湧いてきた。口の軽い者共め。阿茶はわしが最も寵(ちょう)を傾けた者ゆえ、問い質(ただ)されて断れなんだのやも知れぬ。知れぬが、そこを巧(うま)く言い繕うのが臣たる者の務めではないか。
「大御所様は三度も『腹を切る』と仰せられた身。そのお方が『諦めるべからず』と言い残しても、ご子孫は鼻白むばかりでしょう。お血筋の戒めにはなりませぬ」
 返す言葉もない。いっそ酒井、大久保、本多の一族を取り潰し、切腹云々が外に漏れぬようにしてくれようか。などと思うていたら、阿茶に睨まれた。長く我が傍(そば)にあったとは申せ、人の心を容易く読むでない。千里眼か、おまえは。
 かくなる上は致し方なし。筆を取り、遺訓をしたためた紙に二つの線を引いて「諦めるべからず」を消す。そして、別の言葉に書き直した。
「これなら、よろしいでしょう」
 ようやく阿茶が頷いてくれた。やれやれ。
「誰かある」
 手を叩いて人を呼ぶと、すぐに小姓が顔を出す。前(さきの)将軍、大御所と呼ばれる身の威を纏(まと)い、厳かに命じた。
「わしも年老いた。子々孫々への遺訓をしたためたゆえ、右筆(ゆうひつ)に渡して清書させよ」
「はっ。承知仕(つかまつ)りました」
 阿茶の手から杉原紙(すぎはらがみ)を受け取ると、小姓は畏(かしこ)まって下がって行った。



徳川家康 遺訓
 人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し いそぐべからず
 不自由を常とおもへば不足なし
 こころに望おこらば困窮したる時を思ひ出すべし
 堪忍は無事長久の基 いかりは敵とおもへ
 勝事ばかり知りてまくる事をしらざれば害其身にいたる
 おのれを責て人をせむるな
 及ばざるは過たるよりまされり

<了>

プロフィール

吉川永青(よしかわ・ながはる) 1968年年、東京都生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。2010年『戯史三國志 我が糸は誰を操る』で第5回小説現代長編新人賞奨励賞、16年『闘鬼 斎藤一』で第4回野村胡堂文学賞を受賞。著書に『誉れの赤』『治部の礎』『裏関ヶ原』『写楽とお喜瀬』『ぜにざむらい』『新風記 日本創生録』など。

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