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Illustration by Raducal Suzuki |
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| ●「姥皮」の寓意 |
さて、ここで、ある日本の民話をご紹介したいと思う。ご存知かもしれないが、「姥皮」と呼ばれる物語である。
「昔々、ある村に、美しい娘がいた。娘は継母に苛められて家に居づらくなり、都に出て働こうと、山の中をひとり歩いていた。すると、そこに山姥が現れ、娘の身の上話を聞いて同情して曰く、
『おまえは若くて美しい。都の暮らしは誘惑も多いし、その美しさのままでは、何かと災いを蒙って幸せにはなれないだろう。わしがいいものをあげよう』
そう言って山姥が取りだしたのは『姥皮』という魔法の衣。それをかぶると、一瞬にして、娘は醜い老婆に変身した。山姥はその姿を見て満足げに微笑み、
『よしよし、それでよし。この姿のまま都に出て、一生懸命に働くがいい。決して、この皮を人前で脱がぬようにな』
娘は山姥に礼を言い、醜い老婆の姿で都に出た。そして、その姿のまま、ある長者の家の下働き女として雇われ、一生懸命に働いた。山姥の教えを守って、決して人前で姥皮を脱がなかったので、周囲の人々は皆、娘を醜い老婆だと思っていた。娘を誘惑する者も、嫉妬して意地悪をする者もなく、ただただ働き者の老婆として重宝がられた。
そんなある日、人々が寝静まった後、娘はひとりで風呂に入ろうと、こっそりと姥皮を脱いだ。その姿を、たまたま長者の息子が見てしまい、娘の真の姿を知って、たちまち恋に落ちた。下働きの老婆と結婚したいなどと言い出した息子に、長者も初めは驚いたが、娘がじつは老婆ではなく若く美しい女であることを知り、しかも日頃からその働きぶりや人柄には感心していたので、喜んで娘を嫁に迎えた。
こうして娘は長者の家に嫁ぎ、その後、何不自由なく暮らしたという。めでたし、めでたし」
と、まぁ、ざっとこういう話である。この山姥が観音様だったりヒキガエルだったりするヴァリエーションはあるが、とにもかくにもこの物語のキモは、「若く美しい娘が姥皮をかぶって醜い老婆に変身し、最終的には幸せをつかむ」という部分だ。
ヨーロッパの「シンデレラ」が妖精の魔法によって美しくゴージャスに変身して王子様に見染められるのに対し、この日本の「姥皮」はわざわざ美しい娘が醜い老婆に変身して長者の息子に見染められるという点で、ある意味、対極をなしていて面白い。この民話を非常に日本的な「謙譲の美学」の表れだ、と考えれば、現在、私が美容整形というシンデレラの妖精も真っ青の詐欺的魔法で自分を底上げしている行為は、まさに西欧的な価値観そのものだということになるだろう。
要するに、「姥皮」なんかかぶってたら男に相手にされねーわよ、と、私はある時、確信したのだ。というのも、この私自身が、長らく「姥皮」をかぶり続けてきたからである。ただし、それは「謙譲の美学」なんてぇカッコいいものではない。女子の中で生き抜くための処世術として、私は「姥皮」をかぶってきたのであった。 |
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| 〈プロフィール〉 |
| 作家。1958年福岡県生まれ。同志社大学英文科卒。ОL、コピーライターを経て、ジュニア小説デビュー作『ゴクドーくん漫遊記』がベストセラーに。その後、5年間で推定1億円買い漁った買い物依存症の日々を赤裸々に描いた週刊誌の連載コラム「ショッピングの女王」がブレイクする。『女という病』『私という病』『鏡の告白』『セックス放浪記』等著書多数。 |
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