Illustration by Raducal Suzuki
「イタい女」の作られ方 第4回
中村うさぎ
では、太宰の末裔であり、現代男子の先駆者でもある『エヴァンゲリオン』のシンジはどうだろう。
これがまた、見事に「姥皮」をかぶっていないのである。ただただ、脆弱な魂を無防備にさらし、他者に脅え、自分を持て余し、心を閉ざして蹲(うずくま)っているばかり。彼にとっての「エヴァ」は「母の子宮」のメタファーであり、「姥皮」のような処世術ではない。鋼鉄の肉体を持った「母なるエヴァ」は、シンジに束の間の戦闘能力と万能感を与え、エヴァに乗っている時だけシンジはヒーローになれる。つまり、「男社会での勝者」になれるのだ。
要するに、「エヴァ」は「姥皮」とは真逆の存在だということになる。「姥皮」がヒーローなどという突出した存在になることをむしろ忌避し、女社会で「勝ってないフリ」をするためのアイテムであるのに対して、「エヴァ」は弱くて小さな少年が等身大以上の存在になり、ヒーローとなって男社会のヒエラルキーの頂点に立つためのアイテムなのだ。
男社会で生き抜くためには、男は「エヴァ」に乗らねばならず、しかしシンジは「女オトコ」であるから「エヴァ」に乗って誇大的な自我を持つことにも抵抗があり、それゆえグズグズとへたり込んで戦闘を拒否するのである。彼のライバルであるアスカ・ラングレーが女の身でありながらシンジよりも遥かに果敢に「エヴァ」に搭乗して討ち死にする姿を見ると、「男になった女子」と「女になった男子」の対比が際立って面白い。
とはいえ、アスカ・ラングレーもまた典型的な「自己愛性パーソナリティ障害」であり、そういう意味ではシンジと同じ「脆弱な自我」を抱えてはいるのだが……。
話が長くなった。結論を急ごう。
私が思うに、太宰は「女の自意識」を持ち、なおかつ「姥皮」まで持っていたがゆえに男社会から疎外された「早過ぎた現代男子」であった。一方、シンジはその系譜を受け継いで「女の自意識」を持っているがためにヒーローになり得ず、さりとて「姥皮」も持たずにひたすら無防備に生きる、まさに「等身大の現代男子」である。そうして、諸君、先日の「秋葉原通り魔事件」の加藤容疑者は「エヴァ」すら持たない現代男子であったのだ、と、私は考えている。彼は「エヴァ」に乗れなかったために、男社会では「勝者」になれず、でも「どこかで勝たなければ」と焦った挙句、ナイフで「見えない敵」に襲いかかったのではないか。
『ああ、生きて行くという事は、いやな事だ。殊にも、男は、つらくて、哀しいものだ。とにかく、何でもたたかって、そうして、勝たなければならぬのですから。』(美男子と煙草)
太宰のこの言葉は、シンジの胸に、加藤容疑者の胸に、異口同音に響き渡っていたに違いないのである。
1
2
3
4
5
6
〈次回更新9月19日〉
〈プロフィール〉
作家。1958年福岡県生まれ。同志社大学英文科卒。ОL、コピーライターを経て、ジュニア小説デビュー作『ゴクドーくん漫遊記』がベストセラーに。その後、5年間で推定1億円買い漁った買い物依存症の日々を赤裸々に描いた週刊誌の連載コラム「ショッピングの女王」がブレイクする。『女という病』『私という病』『鏡の告白』『セックス放浪記』等著書多数。
「イタい女」の作られ方 第4回
「イタい女」の作られ方 第3回
「イタい女」の作られ方 第2回
「イタい女」の作られ方 第1回
集英社書籍・文庫検索 BOOK NAVI
|
集英社HP
|
個人情報取り扱いについて
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.