幻獣ムベンベを追え

高野秀行

    プロローグ

   深夜のミーティング

「えーと、それでぼくたちは怪獣を探しに行こうと思ってます」
 順番が回ってきたとき、私は言った。
「アフリカの赤道直下にコンゴ人民共和国という国があって、その奥地の熱帯ジャングルの真ん中にテレ湖という湖があります。そこに怪獣がいるらしいんで、ぼくたちはそれを見つけに行くんです」
 みんなは身じろぎしないでそれを聞いている。私の話に興味をひかれたのか、それともただ疲れているだけなのか。時計はすでに夜中の一時をまわっている。
 一九八六年十一月、探検部恒例の一泊ミーティングが武蔵野のとある公共施設で行われた。これは、部員全員が一年に一回、部の諸問題を徹夜で議論しようというものだが、何を話していても必ず最終的には、「探検とは何か」というあまりにも根本的かつ困難な壁にぶち当たってしまい、さんざん論じ合った末、なんの結論も見ないまま、白々と朝を迎えるという仕組みになっている。
 さて、この年は、最近、部がどちらかといえば小規模な活動に終始しているという反省から、なにか部全体の中心テーマを持つべきだという提案がなされていた。“チベット遊牧民探査”“タイの山岳民族調査”などがその候補として挙げられていたところへ、当時二年生の私と高橋洋祐が、全く新しい計画をもって、しゃしゃり出ていったのである。
 私は説明を始めた。
 怪獣の名は、通称コンゴ・ドラゴン、本名モケーレ・ムベンベ(これは現地語で“水の流れをせき止めるもの”の意味だそうだ)、年齢不詳、おそらく太古の昔より棲息していると思われる。現地の人々は古くからその存在を信じており、一種の魔物として恐れているという。
 この怪獣はコンゴのこのテレ湖以外でも広く見られており、ヨーロッパの文献にも早い時期から登場している。一八世紀後半、フランスのキリスト教伝道団が、九〇cmもある大型動物の足跡を発見したのをはじめ、「茶色がかった灰色の長くしなやかな首をした動物を見た」(一九一三年)、「巨大な蛇がカバを殺したあと、首を伸ばして岸辺の草を食べていた」(一九三〇年)など、多数の目撃報告がある。
 それらの証言を総合すると、長い首、長い尾、太い胴、ゾウのような四肢、体長一〇〜一五m……どうもネス湖のネッシーのような恐竜像が浮かび上がってくるではないか。
 しかも、このコンゴのジャングルは、世界で最も氷河期の影響が少なかった地域だという。
「なかでもテレ湖は『ネス湖よりずっと恐竜生存の可能性が高い』と世界中の学者・探検家の注目を集め、つい最近のことですが、一九八〇年代にはいってからは、いくつもの探検隊がこの湖に挑戦しています……」
 私はそこで言葉を切った。話しながら自分自身が興奮していくのを抑えきれない。しかし、努めてさりげない口調で続けた。
「そして、複数の探検隊がこの怪獣をはっきりと目撃しているんです」
 まず、一九八一年、シカゴ大学のロイ・マッカル博士(この人はネッシー研究の第一人者でもあり、インディ・ジョーンズが年老いたような人物であるらしい)がテレ湖を目指すが、悪条件が重なり失敗。しかし、途中の川で何か非常に大きなものが水に跳び込む音とその波紋に遭遇する。また、彼は付近の村で数多くの目撃談を収集している。
 同じ時期、別のルートから挑戦した、アメリカ人のハーマン・レガスターズ(元NASA所属の航空宇宙技師という)の一行は、見事テレ湖に到達、一か月の滞在中、再三にわたり怪獣を目撃したのである。そこで私は、あまりに衝撃的な目撃事件を一つ報告書通りに読み上げた。

 
 
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