ワセダ三畳青春記

高野秀行

   UFO基地探検と入居

 私が野々村荘に入居したのは一九八九年の初夏であるが、「野々村荘物語」が始まったのはその約半年前のことだ。それには宇宙人が絡んでいる。
 事の起こりは、高田馬場にある登山用品店「カモシカスポーツ」へ買い物へ行ったことだ。私は当時、早稲田大学の四年生で探検部に所属していた。ふつうならすでに就職活動も終わり、企業によっては研修なども行われている頃だが、私は卒業の目途も立たず、あいかわらず部の活動を続けていた。「カモシカ」ヘも何か装備を物色に行ったはずである。
 ひととおり買い物を済ませた私は、同店にある「連絡ノート」を何気なくめくった。連絡ノートとは、当時ここに来る人が山の情報を交換するために店が用意していたものだ。たとえば、「○○山ではもう積雪が三十センチに達しているからピッケル・アイゼンは必携」とか「○○岳の山小屋は最近サービスが悪いので、△△沢の山小屋を利用したほうがいい」といった情報が細かく書き込まれている。パラパラとぺージをめくり、そういった書き込みを漫然と眺めていた私の目は、ある記述に釘付けとなった。それはこう書いてあった。

   「早稲田大学探検部様
 山形県と宮城県の県境にあるみみずく山にUFOの基地があります。今年の春、私は仲間たちとそのみみずく山周辺を登りましたが、仙台に戻ったあと、一緒に行った仲間たち八人がみんなそれから半年以内に急病にかかったり、事故にあったりしています。私も車にひかれそうになりました。探検部のみなさんにはぜひ現地を訪れ、調査してもらいたいと思います。
 連絡先:安部ケンゾウ 03‐333‐3333」

「なんじゃこりゃ?!」と私は思った。
 何がなんだかさっぱりわからない。記述の内容もさることながら、どうして探検部にUFO基地調査を依頼するのだろう? 頭がおかしいんじゃないかと思った。
 探検部は国内では登山、川下り(ラフティング)、洞窟もぐり(ケイビング)、岩登り(フリークライミング)など純粋にアウトドア的な活動から、アマゾン河筏下りやサハラ砂漠バイク縦断、反政府ゲリラ地帯を訪ねるといった冒険的要素を含む活動、さらにはパキスタンやチベットなどの辺境地帯の村に行き、「民族調査」と称して農作業に参加したり羊の数をかぞえたりするといった疑似アカデミズム的活動まで、ほとんど好奇心のおもむくまま幅広く行っているが、さすがに心霊、超能力、UFOといったオカルト系を探査の対象としたことはない。
 さっぱりわからないながらも、私はこの話にいたく興味をそそられた。私はその半年前(八八年二月〜五月)に探検部のメンバーを率いてコンゴの密林に棲む謎の怪獣を探しに行っており、その記録を『幻獣ムベンベを追え』という本にして出版したくらいで、この手の不可思議な話は大好きだった。私たちの怪獣探しは新聞や雑誌でも大きくとりあげられたから、この安部さんという人もそれで知ったのかもしれない。
 さっそく私はこの安部さんに電話をかけた。「はい、安部です」と答えたのは三十代後半から四十代とおぼしき男の声だった。意外にも応対はまともで、登山が好きなふつうの社会人のようだ。ただ、内容はノートの記述そのままである。
「UFOの基地があるってほんとうですか? 誰が言ったんですか?」と訊くと、
「誰でも知ってますよ。有名な場所ですよ」と言う。
「そこへ行くと、どうして病気になったり事故にあったりするんですか?」
「そりゃあ、宇宙人の呪いがかかるからでしょう」
 宇宙人の呪い? そんなの聞いたことないぞ。やっぱりこの人、ちょっとおかしいな、と思いながらも、電話を切ったあと、私は「みみずく山」が気になってしかたなかった。

 
 
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