恋する短歌
22 short love stories


佐藤真由美

   Vol.1 Cherry-blossoms
   桜

さくらさくら 去年誰かと見たさくら
知らんぷりしてまた見るさくら

「お花見をしませんか」という誘い文句は、悪くない。特に、これから親しくなりたい相手に言われる場合は。今度食事でも、じゃ社交辞令と区別がつかないし、そうでなくても今度今度と言っている間に時が経ってしまう。もちろん花は口実で、本気で四谷の土手の場所とりをしたり、九段下の桜がきれいなホテルのレストランに行く必要はない。
 と思っていたら、本当に車で桜を見に連れて行かれたので驚いた。方向音痴のわたしもさすがにうーんこれはもしかして……と思っていたら、着いたのはやっぱり三鷹の天文台。「穴場でしょ。こんなとこ誰も知らないよ」と、十年前にわたしをここへ連れて来た男と同じことを言う。
 入っていいのかわからない広くて暗い敷地の一角に、見事な桜の木。ささやかな灯りがロマンティックで、十年前も今夜も、わたしたちの他には誰もいない。18歳のときのボーイフレンドは、前の彼女が叔母さんから聞いたのを教えてもらったそうだ。わたしは誰にも伝授していないから、この人は、わたしの前の彼の次の彼女とつきあったことがあるのかも。
「寒い」と言えば、それは何かの合図だ。急にドキドキするのは、この場所の思い出のせいにしてしまおう。あたたかい腕にすっぽりとくるまれ、目を閉じる。頭の片隅で、あなただってここでキスするの初めてじゃないくせに、とか、いいもんね、でも、とかぐるぐる考えながら。

  Vol.2 Everybody's Trying to be His Baby
  みんないい娘


ほしいならあげちゃいたくてしょうがない
けど彼わたしのものじゃないから

 新しい恋人は、案外モテるようだった。そんなふうには聞いてなかったけど、本当にモテる男は「モテない」と言うのだ。彼の周りにはたくさんの若い女の子がいて、わかりやすいのは露骨に睨んできたり、わたしの存在を無視して彼に話しかけたりする。十代かせいぜい二十歳そこそこの子に睨まれたところで怖くはないし、自分の若い頃に比べて元気だなあと感心するくらいだ。彼に手作りクッキーを持って来た子がいて「どうぞ」とすすめられたときは、お腹がいっぱいだったのに無理して食べてしまったけど。わたしも五年前なら、27歳の男は大人だと思っただろう。
 そんな女の子たちの中に、わたしと同じ名前の二十歳のエステティシャンがいた。わたしが彼といると、緊張した笑顔で近づいてきて「本当に美人ですね」と言うので悲しくなった。彼女のほうがずっときれいだったからだ。若くてきれいで、年よりずっと大人びて見える。せつない恋でもしてるみたいに。ほかの子と違って敵意も見せず、彼にも不自然なほどよそよそしいので、ふたりは仲がいいらしいとわかった。彼も周りもわたしを彼の恋人として扱ったのでかまわなかった。わたしのいない場所ではどうなのか、知りようもなかったけど。
 ある朝、彼のアパート近くを通ると、彼と髪がぐちゃぐちゃの女の子が歩いて来た。彼は明るくわたしに手を振り、「お、ダブル真由美だな」と笑った。わたしは惚れ惚れした。こんな場面でオタオタ困る男は嫌い。でも、初めて見るすっぴんの彼女は驚くほど幼くて、誇らしげで、わたしは本当に彼を好きだったけど、もうこんなのはいやだと思ったんだ。

 
 
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