恋する歌音(カノン)
こころに効く恋愛短歌50


佐藤真由美

   Chapter1 せつない片思い

─幸せになりたい─


   やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君
                    与謝野晶子『みだれ髪』

  わたしのこのやわらかい肌の下に熱く脈打っている
  情熱に触れることもしないで、
  社会の道徳や倫理に忠実なあなたは寂しくはありませんか

 十歳年下の十九歳の友人が落ち込んでいる。
 遠距離恋愛中の恋人に内証で大学の先輩にアプローチをかけたところすげなくかわされ、友達に打った傷心メールを、よりによって彼氏に間違い送信してしまったらしい。怒った彼氏が会ってもくれないと半泣きの彼女に、「しょうがないじゃん、それだけのことしたんだから」と言いたいのを我慢してなぐさめるものの、そんなに深刻にはなれない。年の割に大人だと思っていた彼女の意外な幼さがいとおしくもあった。なるようにしかならない。悲しいのが彼を傷つけたからなのか、自分の持ち物を失うからなのかは相手に伝わり、結局人は与えた愛情より多くは受け取れないのに。
「でも、別にあの子は誰かを傷つけてやろうとか、ずるいことをしようとか思っていたわけじゃなくて、ただ幸せになりたいだけなんだよね」と、同年代の女友達が言う。わたしにも若い娘時代はあったから、よくわかる。ただ幸せになりたくて、方向は間違っていても走ってしまうのが若さで、痛い思いをして、身体で覚えていくしかないのか。
 明治の世に『みだれ髪』でセンセーショナルなデビューを果たす晶子が、運命の相手・与謝野鉄幹と出会ったのは二十一歳のときだった。〈その子二十歳櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな(櫛でとけば流れ出るような黒髪も鮮やかな二十歳の娘。今を盛りと咲く春の花のように誰にも負けることのない美しさよ)〉など、若さとナルシシズムに彩られ、情熱的に挑発する歌からは、若い女性の自信というより、ピリピリした余裕のなさの方が感じられる。全世界を手に入れられたとしてもたったひとりのあの人が手に入らなければ苦しい、若い女の切迫した思いが生々しくも美しい恋の歌を生んだ。
 やわ肌を手放して、わたしたちは自分や相手を傷つけない愛し方を手に入れた。誰もを一目で魅了する、水をもはじくぷるぷる肌とはまた別の魅力が、たったひとりの愛する人のために角質をとり、時間をかけて手入れされた女の肌にはあると信じたい。自分を大切にしてくれる相手を大切にするというシンプルな方法に、わたしの若い友達が気づくのはいつだろうか。

  うぬぼれていいよ わたしが踵までやわらかいのはあなたのためと

 
 
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.