第三章3
楡周平Shuhei Nire
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主婦を対象に金を貸す――。
説明を受けても、今ひとつピンとこない様子の森沢であったが、今や淀興業の利益の大半は、清彦が発案した手形金融によるものだ。
大功労者にして、後継者として迎えた娘婿の申し出を、森沢が拒めるはずがない。
実際、既に森沢は社長とは名ばかりで、淀興業を取り仕切っているのは清彦である。
それでも森沢が社員の前では清彦を「婿はん」と呼び、舅然(しゅうとぜん)として振る舞うのは、出自や学のなさに対する劣等感の表れだと清彦は考えていた。
かつて森沢自身が語ったように、財を成したとはいえ、所詮、博徒上がりの金貸しだ。しかし、帝大出の婿の義父ともなれば、世間の見る目も違ってくる。そう、森沢にとって清彦は己の力を知らしめる勲章となったのだ。
森沢の仕事ぶりも大きく変化した。
それは、ミツが第一子にして、森沢とクメにとっては初孫となる女児・櫻子を産んだことに起因する。
巷間(こうかん)、「孫は目に入れても痛くない」と言われるが、森沢もその喩(たと)えに漏れない。
毎朝八時に出社して来ると、執務席に座って社員の働きぶりに目を配るのは相変わらずだが、昼過ぎには櫻子会いたさに帰宅してしまうようになった。
「北原、ちょっといいかな」
いつものように、森沢が帰宅したところで、清彦は北原を応接室に呼び入れた。
「なんでしょうか」
ドア口に立った北原に正面のソファーを勧め、二人同時に腰を下ろしたところで、
「新しい商売を始めようと思ってな……」
清彦は、足を高く組みながら切り出した。
「今度は、どないな事業を?」
北原は、興味津々といった態(てい)で、身を乗り出してきた。
「主婦に限定して金を貸すんだ……」
内容を聞くうちに、北原の目の色が変わって行く。
そして、説明がひとしきり終わったところで、北原は感嘆するように言った。