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長月 天音 インタビュー

 

長月 天音 インタビュー


■コロナ禍の飲食店を描きたい

──
『ただいま、お酒は出せません!』。この物語を最初に思いついたきっかけは何だったんでしょうか?
長月
私自身が飲食店で働いていまして、世の中の色々な矛盾を感じたところからです。
──
飲食店で働いていらっしゃるのはコロナ禍になる前からでしょうか?
長月
はい。大学を卒業してからほぼずっと飲食業界で働いていました。飲食業界の精神が体に染みついている感じです。
──
コロナ禍が起こる前と後で、一番大きく変わったこと、矛盾だと思うところは何でしょうか?
長月
飲食店に対する人々のとらえ方ですね。飲食店の方々がテレビなどで、様々な政策によってお客さんが来ないようにされているとか、営業時間を短くされているとか、休業にされているとか、そういうことを嘆く気持ちとはちょっと違うんです。自分が経営者ではないからだと思うのですが、行われた政策は人の流れを止めるためには仕方ないと思いますし、医療関係者やエッセンシャルワーカーの方々の大変さは感じています。私自身も六年前に夫を自宅で看取り、訪問介護に大変お世話になったので、そういう状況にある方たちのところにヘルパーさんが来なくなったらどうなるんだろうと恐ろしくなりました。
厳しい外出自粛を求められた一回目の緊急事態宣言の時は、私の勤務先も休業となりました。接客業では在宅勤務はありませんから、自宅でニュースばかり見ていました。みんなが戦々恐々として、とても外食をしようと思える状況ではありませんでした。その状況が続いたら、飲食店など必要なくなってしまうのではと不安になったのは事実です。
ただ、苦しんでいるのは休業している飲食店だけではなく、みんながそれぞれの思いを抱え、それぞれの立場で頑張っているということを書きたいと思いました。
──
実際コロナ禍でお客様のふるまいは変わりましたか?
長月
変わりましたね。「ちゃんと消毒しているの」や、「隣の席に人を案内しないで」とおっしゃって、お店や他人を信用しないお客様がたくさんいらっしゃいました。その一方で、まったく何事もなかったようにコロナ禍以前と変わらず過ごしているお客様もいらっしゃいます。小説でも書きましたが、一回目の緊急事態宣言が解除された直後は、人との会話を求めて来店されたようなお客様もいらっしゃいました。
一番感じるのはわがままなお客様が増えた、ということですね。自分たちの過ごしたいように過ごして帰っていかれます。外出自粛の期間中、他人との接触を避け、家族と過ごす時間が増えたからか、周囲を気遣うことができず、自分の家族しか見えていないようなお客様が増えたのにはびっくりしました。
プロフィール

長月天音(ながつき・あまね) 1977年新潟県生まれ。大正大学文学部 卒業。飲食店勤務経験が長い。2018年『ほどなく、お別れです』 で第19回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。 他の著書に『ほどなく、お別れです それぞれの灯火』『明日の私の見つけ方』がある。