-短編ホテル-「ドン・ロドリゴと首なしおばけ」

ドン・ロドリゴと首なしお化け

東山彰良Akira Higashiyama

 週に一度、ボランティアの人たちがヌエボからやって来ては入所者たちといっしょに歌ったり、お遊戯をしたりするのだが、そんなときでもドン・ロドリゴはいつも楽しそうに周りに合わせ、「どうしてなの? 教えて」や「ネズミのカウボーイ」なんかを大きな声で歌う。


 ネズミ捕りにネズミがかかったよ
 二丁拳銃を持って カウボーイの服を着ているよ
 こいつはグリンゴアメリカ人にちがいない
 だっていつも英語でしゃべるし 金髪だもの

 ミュンヒハウゼン症候群の人は他人の同情を買おうとして仮病を使うのだけれど、ドン・ロドリゴに関して言えばそんな徴候もまったく見られない。
 では、どうして彼がここにいるのかと言えば、統合失調症のせいだ。つまり妄想と現実の区別がつかなくなり、夜中に鋭利なものを持って徘徊したりする。だから、ドン・ロドリゴの部屋には他人を傷つけそうなものはいっさい置けない。果物ナイフはもちろん、コップは琺瑯(ほうろう)びきのものだし、ペンを使うときはぼくたちがちゃんと目を光らせている。彼が浴室でころんで脚をだめにするまでは、夜寝るときにも部屋の外から鍵をかけていた。
 ぼくが来るずっとまえから、ドン・ロドリゴは高台にあるこの療養施設に入っている。資料を見ると入所日は二〇〇三年四月四日、つまりかれこれ二十年近くここに閉じ込められていることになる。
「閉じ込めちゃいないよ」と施設長のドン・ヘクトールは肩をすくめて言う。「ここにいる人たちは、みんな出ていきたいときに自由に出ていける。あの爺さんがここを出ていきたがらないだけさ」
 ぼくは折に触れて、なぜ殺し屋を廃業したのかと面白半分に尋ねたりする。すると、ドン・ロドリゴはいつも首をふり、溜息をつきながら質問に質問で応じる。
「きみは呪いを信じるかね、ダビッド?」
 そらおいでなすったぞ。だけどぼくは、まるではじめて聞く話のように興味を示してやる。
「呪いですか……さあ、でも、たぶん信じてはいないと思いますね」
「きみの故郷(くに)はどこかね?」
「隣りのハリスコ州ですよ」
 これだってもう何十回も教えてやった。故郷は州都のグアダラハラだと教えてやると、ドン・ロドリゴはいつも大げさに目を見開き、大都会だな、と言う。それなら呪いを信じんのも無理はないな、と。それからぼくの手をやさしく叩き、秘密めかしてこうつづける。
「呪いはあるんだよ、ホーベンお若いの。たいていが悪いものだ。だがな、稀(まれ)に善い呪いもあるし、最初は悪くてもあとから善くなってくるものもあるんだよ」
「つまり?」
「まあ、待ちなさい。本には読み時があるし、タマリンドの実には食べ頃がある。人生の秘密にだって知り頃ってやつがあるんだよ」
 それからまるで子供を追い払う母親のように、さあ、七面鳥がもう卵を産んだか見てきなさいと言って話を切り上げるのだった。

プロフィール

東山彰良(ひがしやま・あきら) 1968年、台湾台北市生れ。9歳の時に家族で福岡県に移住。2003年、「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞受賞の長編を改題した『逃亡作法 TURD ON THE RUN』で、作家としてデビュー。09年『路傍』で大藪春彦賞を、15年『流』で直木賞を、16年『罪の終わり』で中央公論文芸賞を受賞。17年から18年にかけて『僕が殺した人と僕を殺した人』で、織田作之助賞、読売文学賞、渡辺淳一文学賞を受賞する。『イッツ・オンリー・ロックンロール』『女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた。』『夜汐』『越境』『小さな場所』『どの口が愛を語るんだ』『DEVIL’S DOOR』など著書多数。訳書に『ブラック・デトロイト』(ドナルド・ゴインズ著)がある。