この本と出合ったのは、どこかの山小屋だったと記憶している。
もう七、八年は経つだろうか。元はといえばテレビの仕事で山登りを始めて、その魅力に取りつかれ出した時期だった。
圧倒的な熱量と、そこはかとなく漂う男のロマンに魅せられて、むさぼるように読んだ。
生来飽きやすい性格のわたしが、山にのめり込むことになったきっかけや理由、憧れ、目標、そういった全てのものがこの本に詰まっていた。
過去に傷を持つ深町は一体何を求めて彷徨(さまよ)っているのか、ビカール・サンとは何者なのか、誰が最初にエヴェレスト登頂に成功したのか!? 早くページをめくりたい! と思わせるひとつひとつの仕掛けもさることながら、主人公のひとり・羽生がとにかく格好いい。
敢(あ)えてひとりで山に立ち向かう羽生の孤高さや、極限状態に身を置いて自らを保つ強さを見せつけられ、わたしは羽生にすっかり惚れ込んでしまった。
全てを投げうち我が身ひとつで山と対峙することが、どれだけ孤独で尊いことか。有無を言わせぬ緊迫感に触れたら最後、次のページに何が書かれているのか気になって気になって仕方ない。ほかの何を差し置いてでも読み切りたいという気持ちになること間違いなし。
燃えるものが欲しい、生き甲斐が欲しい、というひとにはうってつけの一冊。スリルやドキドキを味わいたいひとにもお薦め。あぁ、あのラストのカタルシスを語り合いたい!
余談だが初めての雪山登山で雪・自然の厳しさを体験したことがあった。
群馬県に位置する武尊山(ほたかやま)、標高約二千百メートル級の山でのこと。登っている最中に突如吹雪き始め、稜線にテントが張れず急遽、斜面に小さな穴を掘ってビバークすることになった。ガイドさんからは「朝、入り口が塞がっていたら自力で中からでてきてくださいね」。
穴の入り口に張ったシートに吹き付ける雪の音とだんだん埋もれてゆく恐怖でほとんど一睡もできない。雪洞ビバーク初体験だった僕にとって、あれは貴重な経験だった。
プライベートも仕事も合わせると月に一度は山に登っているので、最近よく「エヴェレストに登りたい?」と聞かれる。答えはYesでありNo。山男の端くれとして、憧れはあるけれど、厳しさを知ってしまったからこそ軽々しく「登る」とは言えない。
今はまだベースキャンプからエヴェレストを見てみたい、が本音。本書の主人公、羽生の域に踏み込むのは恐れ多く、道はまだ遠い。