連載
初恋父(と)っちゃ
第五回 川上健一 Kenichi Kawakami
 小雨に煙る森が紅葉に染まっていた。まるで点描画の趣だ。灰色の空のキャンバスに、黄色と赤の葉が見渡すかぎり、絶妙なタッチで配色されている。
 水沼は大沼のゴルフ場への道を、制限速度を超るか超えないかのスピードでゆっくり流していく。後続の車がビュンビュン飛ばして追い越していくので、制限速度ギリギリのスピードでもゆっくりに感じられる。
「雨の紅葉ドライブもなかなかいいね。しっとりとした綺麗さで気分が落ち着くよ」
 後部座席で小澤が誰にいうともなく幸せそうな声を上げた。
 すかさず助手席の山田が小澤を振り向く。
「何へってんだよこのホンツケナシ。クレージーキャッツC調大作戦だんで(だぞ)。映画みたいにスカッとした青空にオープンカーで、賑々(にぎにぎ)しくかっ飛ばさねば気分出ねじゃ。オードリー・ヘップバーンと二人っ切りだば雨のドライブもおつだろうけど、アッパラパーの能天気のバガッコのイガどど一緒なんだぞ。スカッと晴れでいねば気分出ねえ。植木等になりきってオープンにしてブワーッ、といきたかったよなあ」
「お前、本当に大手ゼネコンの営業部長? そんなチャラチャラしててよく務まるよなあ」
「あのね、だから会社ではどっしり構えて重厚なの、俺は。バガッコのイガどど会ってる時だけ、イガどに合わせて昔のバガッコになってやってんの」
「何がどっしり構えて重厚だよ」
 と水沼はハンドルを繰りながら笑う。
「小澤よ。こいつは会社から俺に電話してくる時に、『ワだ。ヘッペしてらどが?』ってでっかい声でかけてくるんだよ。会社からかけてるなんて怪しいもんだぞ。どっかにうさん臭い個人事務所持っていて、そっからかけてるんじゃないか? そうじゃなければ『へっぺしてらどが?』って大きな声出せる訳ないよな」
「うん。俺もそう思ってるんだよ。だいたいゼネコンの営業部長だったら、銀座、赤坂、六本木辺りの料亭だの高級クラブで飲むもんだろう? それがこいつはしょっちゅう『山ゆう』で飲んでる。接待とか業界の付き合いとかないの?」
「あるに決まってる。へだけど銀座だのクラブだの料亭だのは、はあ飽きた。女と飲んでいるよりはホンジナスのイガどど飲んでる方がよっぽど面白い。どうしてもっていう大事な接待とか寄り合い以外の接待は、部長代理とか課長に任せてる。それにだ、ハンカクサイお前らに電話する時は俺に与えられた個室からかけてるんだよ。どれどれ、男ばりの(だけの)ドライブにしっとりも落ち着くも似合わね。明るくパアッといぐがあ! ミュージックスタートだ!」
 山田は張り切ってラジオのスイッチを入れる。
 女性アイドルグループの弾けるような歌声が車内に飛び出した。
「やめてくれよ。せっかくの綺麗な紅葉ドライブに似合わないよ。雰囲気ぶち壊しだよ」
 小澤が苦笑する。
「んだよなあ。孫の学芸会みたいで気分出ねえよなあ。フィフティーズ、シックスティーズとかの大人のロック、どっかでやってねえかなあ。クレージーキャッツがかかれば最高なんだけど」
 と山田がいいながらチャンネルを替える。


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〈プロフィール〉
川上健一(かわかみ・けんいち)
1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。
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