よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第五回

川上健一Kenichi Kawakami

 と山田がいいかけると、ラジオから、
『冒頭のニュースをもう一度お伝えします。東京都が発注した東京湾湾岸地区大規模開発計画工事の発注を巡り』
 とアナウンサーがいい始め、山田は口を閉じてラジオのボリュームを上げる。
『談合を繰り返していた疑いが強まったとして公正取引委員会は今朝、独占禁止法違反の疑いで大手ゼネコン数社の本社に強制捜査に入りました。また、東京都の職員が関与した官製談合の疑いもあり、公正取引委員会は東京都庁にも強制捜査に入りました。東京湾湾岸地区大規模開発計画工事を巡って公正取引委員会が強制調査に踏み切ったのは初めてです。ゼネコン各社は東京都が発注した東京湾湾岸地区大規模開発計画工事の種々の競争入札で、落札予定者や入札価格を申し合わせるなど、談合を繰り返した疑いが持たれていて、公正取引委員会は検察当局への刑事告発を視野に入れ調べを進めている模様です。関係者によると、戦後最大級の大掛かりな談合事件に発展する可能性があるとのことです。一連の談合の中心人物とみられる、大手ゼネコン、大水陸建設の営業部長の行方が分からなくなっており、捜査当局はこの談合の鍵を握る人物として行方を探しています。今朝は戦後最大級の談合事件になるのではという大きなニュースが飛び込んできました。では天気予報をお伝えします。低気圧が北海道を通過中ですが、西の方から徐々に』
 山田がスイッチを切った。車内が奇妙な静寂に包まれる。誰も何もいい出さない。水沼はチラチラと山田を見る。山田はじっと前方を見据えているが、別段途方に暮れているという表情ではない。
 フッ、と山田が息を漏らし、水沼は山田を振り向く。なんとした事かうっすらと笑みを浮かべている。ニヒルといえばいえなくもない。いきなり山田は大きく息を吸い込み、吐き出しながら、
「まあ、ということだ。だから途中でおさらばになるかもなんだよ」
 と軽い感じでいう。
「すぐに帰った方がいいんじゃないか。引き返そう」
 と水沼は山田を見やる。
「いや、せっかくここまで来たんだ。お前たちとゴルフをやってからでも遅くはない。しばらくゴルフはできなくなりそうだからな」
「だけど、すぐに帰って事情聴取に応じた方がいいんじゃないか? 指名手配されたら奥さんも驚くだろう。やっぱり引き返そう。次の飛行機で帰った方がいい」
 指名手配されれば、世間から極悪非道の悪人というそしりを受けることになりかねない。奥さんが驚いてしまうのは当然だろう。水沼はスピードを落として道の左端に寄る。
「いいからゴルフ場に行こう。ゴルフしてから帰っても遅くはないよ。逮捕状が出てるって訳でもなさそうだしな。レディー・カガー殿のことは心配しなくていいよ。俺より肝っ玉が据(す)わっているから、それが何よってなもんだな。どれどれ、ちょっと社に電話してみるか。今日は飛行機なもんだから朝からずっと携帯切りっ放しなんだよ。あっちこちからかかってきてんだろうなあ」
 といいながら、山田はポケットから携帯電話を取り出す。
「ちょっと待て。携帯のスイッチ入れるな」
 と後部座席から小澤が止める。
「はん? なしてだよ?」
「だってゴルフしたいんだろう? だったら携帯の電源切りっ放しにしてたんで、強制捜査が入ったことは知らなかったといえるじゃないよ。休みの日はいつも昼間は携帯を切っているでもいいしさ。そしたら強制捜査が入ったことを知らなかったのかと責められてもすっとぼけられる。ゴルフしてたからニュースも知らなかったといえばいいじゃない。だから、ゴルフをするなら携帯の電源入れたらダメだよ。事情聴取だか指名手配になるのか知らないけど、しばらくゴルフができそうもないんだったら、すっとぼけてゴルフした方がいいんじゃない?」
 小澤がいい終わると、水沼は車道の左端に車を停車させ、サイドブレーキを引いてから身体をひねって小澤を向く。助手席では山田が同じように身体をひねってじっと小澤を見ている。
「なんだよ?」
「いやあ、真面目にクソがつくお前が、まさかそういう悪知恵が働くとはなあ」
「うん。生まれて初めてじゃないか? そういうステキなこというのは?」
 水沼と山田は感心顔でしきりにうなずくのだった。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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