連載
初恋父(と)っちゃ
第二回 川上健一 Kenichi Kawakami
 一瞬の沈黙の後に、
「お前、まさか今頃初めて恋をしたっていうんじゃないだろうな?」
 と山田が口を開いて、訝しげな表情で左眉を上げる。
「本当なの水沼? やめとけやめとけ。老いらくの恋ってさ、人生を狂わすっていうじゃない。で、どんな女なんだ? 若いの? 年上? 肉感的? スレンダー? キュート? 人妻? まさか関内方面の女じゃないでしょうね?」
 小澤が興味津々という口調でカウンターに身を乗り出すようにしていう。
 水沼はガクッと大げさに傾(かし)いで見せてから、
「あのなあ、老いらくはないだろう、老いらくは。俺たちそんなに年寄りか?」
 と苦笑する。
「だって、ため息と方言が無意識に出るっていったじゃないかよ。それって年寄りの証拠なんだよな?」
 小澤が山田にいう。
「あだりめ(当たり前)だべ。人間生理学、脳科学的見地にボヘッと(ぼんやり)立でば、ホンジナシ(腑抜けプラス間抜け)度数九十八パーセントの立派な年寄りだべ。へでも年寄りでも、よっちゃぐれ(ヨイヨイ、ヨレヨレ)でいでもいいども、人生狂ってしまうおんた、激しく燃え上がる恋ばしてみでよなあ。組んず解(ほぐ)れつマイナス解れつ、イコール、ベッドシーンだけの恋。憧れの恋だよなあ」
 山田は方言で一気にしゃべるとフゥッとため息をつく。
「何がいいたいの?」
 とあきれた口調の小澤。
「自分でしゃべっている我イ(私)も理解不能で、後ろコンド(後頭部)痛ぐなってきた」
 山田は頭を振って笑う。
「お前らなあ、はあ(もう)還暦なんだすけ、わんつか(少し)でもいいすけ、おがれ(大人になれ)。今頃初恋する訳ないだろうが。小澤よ、関内方面の女って、お前のことじゃないか。関内のおねいさまと関内のおきゃんちゃん元気かよ?」
「うん、元気ですよ。君たちの会話が漫才みたいで面白いからまたきてね、だってさ」
 小澤のいきつけのクラブが関内にあり、関内のおねいさまと関内のおきゃんちゃんはその店のホステスだ。前回の『山ゆう』での同期会にやってきて座を盛り上げてくれた。
「へで(それで)、老いらくの初恋の女ってどったら女なのせ?」
 山田はにやついていう。
「老いらくの初恋じゃないってば。若い時の初恋だよ。正真正銘、ピカピカの新鮮な初恋。どうだ、覚えているか?」
 水沼は小澤と山田を交互に見ていう。
「あだりめ(当たり前)だ。初恋は忘れようたって忘れられねよなあ。小学校一年生の時の同級生のサワちゃん。かわいくって、ちょっかい出したくて、毎日いたずらして嫌われちゃったもんなあ。どうしてるかなあサワちゃん」
 山田は遠い日の思い出を見つめるような目つきで天井を見上げる。


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〈プロフィール〉
川上健一(かわかみ・けんいち)
1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。
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