連載
初恋父(と)っちゃ
第一回 川上健一 Kenichi Kawakami
 水沼賢(みずぬまたかし)はため息をついた。
 デスクのパソコンから手を離し、回転イスをグルリと回して大きなガラス窓の外を見る。足を投げ出し、背もたれに身体を預けて真っ直ぐに伸ばした。頭の後ろに手を組んでつくねんと景色を見やる。
 百八十センチの痩身、短髪の頭に白いものが目立つ。薄いピンクのシャツを肘までまくり、ゴルフ焼けの腕に、左手のグローブ痕だけが白い。
 ビルの二十五階にある事務所からは、東京湾とレインボーブリッジが見渡せた。十月の秋晴れに、東京湾が青く輝いている。
 午後三時を少し過ぎている。
 都会のエネルギーが、くぐもるような小さな喧騒となって室内に忍び込んでくる。
 ドアをノックする音が三回。
「はーい。どうぞ」
 水沼はドアを振り向かず、景色を見ながら声を上げる。白い大きな船が、ゆっくりとレインボーブリッジを通過中だった。
 ドアが開く気配がして、
「三時半のミルクティーです。ちょっと早いですけど」
 女子社員の一人、若手のコピーライター、三条清乃(さんじょうきよの)の声がする。水沼は振り向いた。
 三時半のミルクティーは水沼の習慣だ。持ってくるようにと社員に頼んでいる訳ではないが、いつも誰かが気を利かせて持ってきてくれる。
「お、ありがとう。スター食品のコピー、ドンダモンダ?」
 水沼は回転イスを回して三条清乃と向き合った。
「どうぞ」
 三条清乃は大きなマグカップをデスクの上に置いた。水沼を見てクスリと笑う。短髪でカラフルなジャケットを着ている。
「何? 何かおかしいか?」
 水沼はシャツや手を見た。何もおかしくはない。染みも汚れもついていないし、破れてもいない。
「顔に何かついてる?」
 水沼は三条清乃を見上げる。
「社長、また訛(なま)ってますよ。最近多いですねえ」
 三条清乃は苦笑したままいう。
「え? 俺、また何か訛った?」
「スター食品のコピー、ナンジャモンジャっていいましたよ」
「ナンジャモンジャ? スター食品って、ナンジャモンジャを発売したっけ?」
「してませんよ。でもそんなような感じでいいましたよ。ドンチャラモンダって感じでしたけどね。いいにくいから、ナンジャモンジャっていったんです。スター食品のコピー、ナンジャモンジャ? ってな感じでいいました」


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〈プロフィール〉
川上健一(かわかみ・けんいち)
1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。
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