連載
初恋父(と)っちゃ
第七回 川上健一 Kenichi Kawakami

「水沼。お前、山田の壊れてた時計直してやったの? 時計の修理できるなんて初めて聞いたよ」
 小澤がニヤニヤ笑う。
「まかせとけ。山田の時計を直すのは簡単だ。電池を交換すればいいだけだからな」
 水沼はいってから声に出して笑う。
「単純なお前らといると癒されるよなあ。器械の時計でね。人生の時計だ。このバガッコどあ(馬鹿者ども)」
 山田が顔をしかめる。それからまくしたてる。「人生の時計だ。命の鼓動。生きる楽しさ。喜び。生きている実感。人生が、命が動いているっていう時計だ。いつからかヤジァねども(分からないけど)、俺の人生の時計は止まってしまってたんだよ。何だか針が止まってしまってるなあっていつも思ってたんだ。何のために生きているんだ、ワクワク、ドキドキするもんがないよなあって。ドモハ(水沼)が夏沢みどりにもう会えないといった時、俺の時計の針が『チッ』てチョペット(ほんの少し)動いた気がしたんだ。そしたらな、すぐに、昔、水沼に借りがあったことば思い出したんだよ。よし、借りを返すべ。それに俺たちはガキの頃からの仲間だ。仲間が困ってたら力にならなくちゃって、時計のゼンマイが自動的に巻かれたんだよ。そしたら、水沼の初恋探しを手伝おうって思ったら、カチ…、カチッ、カチッ!、って命の時計が力強く動き出した。生きている、俺はまだ生きている、黄昏(たそがれ)てなんかいねえって熱くなってしまったんだよ」
 山田はいつになく真剣だ。
「お前はいつも大袈裟なやつだよなあ」
 と小澤は苦笑する。「水沼に借りがあるって何だよ? 水沼、お前山田に金貸したの? 分かった。昔、山田がキャバレーに行くのに金がなくて貸したんだろ?」
「えーと、いくらだったっけ。もしかしたら一億円くらい貸してたか?」
 水沼は小澤の冗談に合わせて笑う。
「バガッコのお前らといると本当に笑える。銭っこでね。んだども(だけど)俺にとっては銭っこに換算できねほどのでっけえ借りだ」
 山田の目に力が宿っている。少年のような輝きだ。
「だから何だよ、その借りは? さっさといえよ」
 小澤が山田を急かす。
「秘密だ。ドモハが忘れてるっていうぐらいだから、誰が聞いたって大したことじゃないんだけど、俺にはズシンときたことがあるんだよ。んだども(だけど)へわば(いえば)そったごどがって(そんなことかって)笑われるすけへない(いわない)。青臭いことだから六十になってへるのはしょすいすけ(恥ずかしいから)秘密だ」
「どうだ水沼? 青臭いことだってさ。思い出した? 野菜かなんかあげたの?」
「全然。何も思い当たらない」
「そんなことはどうでもいい」
 山田の声は熱を帯びる。「夏沢みどりちゃんだ。初恋だ。ワの(俺の)ことは案じなくていい。俺が捕まったらお前らは何も知らなかったといえばいいんだ。おらどは(俺たちは)テレビもラジオも携帯電話もオフの旅行だすけ、ニュースは聞いてない。ガキの頃によくやっていたすっとぼけ作戦でいぐべし(いこう)」



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〈プロフィール〉
川上健一(かわかみ・けんいち)
1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。
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