よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第七回

川上健一Kenichi Kawakami

「俺はいいけど、水沼はなあ」
 小澤は思慮深い目で水沼を見やる。
「俺は、そうだな、けど」
 水沼は口を閉じて笑う。
「何だ? 何がおかしい?」
 と山田。
「お前らのやりとりを聞いていて思い出したよ」
「山田に貸したやつをか?」
 と小澤。
「ガキの頃のことをだよ。俺はガキの頃、人を笑わせたり楽しませることが好きだったなあって」
「そうそう。お前はアイデアマンで、よくとんでもないことをして、みんなを笑わせたよね。小学校六年生の時、早朝、真っ暗な内から学校に行って、教室の机を全部逆にして、教壇も後ろに持っていって、それで習字とか絵とか張ってあるやつも反対側に持っていって、教室の向きを逆にしたことあったよな。先生が変な顔して首ひねりながら授業を続けてしまって、みんなで大笑いしたよね」
「あれは俺も騙された。あれだけのことば一人でやるなんて、てしたもんだ(たいしたもんだ)って感心してしまったよなあ」
 山田は懐かしそうに述懐する。
「なあ、このまま三人で夏休みを続けよう」
 と水沼はいう。
「え? 本当かよ? だって逃亡者と一緒に旅行したということになったら、奥さんだとか会社がまずいんじゃない?」
 と小澤が眉を上げる。
「山田のいう通りだ。俺たちは談合事件なんか知らないんだよ。久し振りにハメ外そうぜ。こういうワクワクドキドキすることは、もう生きている内にはないかもしれないよな。最近、というか、もう何年も前から俺も何か黄昏ているような感じなんだ。会社の経営だけ考えてただ時間に流されているみたいなさ。誰かがいってたよな。楽しい人生のためには小さな革命や冒険が必要だって。俺はみんなを楽しませたり、自分が楽しむことが好きでクリエーターになった。そのことを忘れていたよ」
 水沼の目も山田に負けずに爛々(らんらん)と輝きだす。「ワクワクドキドキ初恋ジグナシツアーを続けようぜ。旅の途中で山田がどこかで捕まったとしても、俺たちはニュースを聞いていないから何も知らなかったといい張ればいい。もしもバレたとしても、山田と違って俺と小澤は犯人隠匿だか逃亡の教唆だか知らないけど、そのくらいなら重罪になって世間の鼻摘み者になるってことはないだろう。何らかの罪になったとしても、軽い罪だろうから俺が会社を辞めればそれで済む。広告といったって裏方の会社だからダメージが大きいということにはならんだろうよ。このままのんべんだらりと社長やっててもつまらん。それにカミさんはもうほとんど千葉の家で好きなことをやって悠々自適の暮らしだ。東京のマンションにはいない方が多い。世間体なんて関係ないよ。いつかは田舎でカミサンと生活を楽しもうと決めてたし、逮捕されたらいい機会だ。すっぱり会社を辞めて田舎暮らしだ。逮捕されなかったらまたクリエイティブに燃えて仕事が面白くなりそうな気がする。俺は社長なだけじゃない。クリエーターなんだって気づいたよ。仕事を楽しまなくちゃつまらんよな。やる気が出てきた。旅を続けよう。俺はいいぞ」
 水沼の揺るぎない視線が山田と小澤を行きつ戻りつする。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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