よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十回

川上健一Kenichi Kawakami

 水沼は小澤の愚痴まじりの説明に耳を傾けていた。目はしっかりと開けているが、昨夜から眠っていないのでしょぼくれている。顔は使い古された千円札のように艶がない。運転席に沈み込んでフロントガラスの前方と、そして頻繁にバックミラーを覗(のぞ)き込んでいる。高速道路はゆるやかに左へと大きく曲がり始め、水沼はハンドルに両手を押し当ててカーブに沿って少しだけ動かす。相変わらず前方にも後方にも車は走っていない。
 山田が小澤を振り向いていった。
「まったく職人の確保はどんな工事でも頭を悩ますよなあ。俺のとこも下請け会社が人手が足りなくて青息吐息だ」
「だろう? それだけ職人を集めるのは今の世の中大変なんだよ」
「長年築いてきたお前と職人の信頼関係の賜物(たまもの)だな。お前のためならと無理しても集まってくれたんだろう」
「仕事が詰まっていて大変なのは分かっているけど何とかならないかと頭を下げたら、みんな詳しく理由も聞かずに分かったといってくれたんだ。俺は涙が出たよ。それをあのバカ息子どもはやっちゃいけないことをやったんだよ」
 小澤の声に抑えきれない怒りが出ている。
 カーブが終わって前方が開け、道はなだらかな山並みへ向かって真っ直ぐになった。水沼はゆっくりとハンドルを戻しながら、
「何をしたんだ? 集まってくれた職人たちをぞんざいに扱ったというのか?」
 とざらついた声を出す。
「まあそういうことなんだけど、直接の原因は違うんだ。山田は分かるだろう?」
「金だな。下請け会社が約束通り金を払わなかったんだろう。揉(も)めるのは金と決まっている」
 山田はあっさりと断定してあくびをする。
「そうなんだよ。職人たちは何日も休みなしで期日までに工事を終わらせたんだ。俺は紹介しただけだったけど、知らんぷりもできないから毎日現場に行ってよろしく頼むって声かけて回ったよ。毎日徹夜状態だった。腕のいい六十歳過ぎた職人が何人かいたけど、大手の仕事は六十歳以上の職人はその会社が定めた研修に出て、書類を何枚も何枚も書いて、それでやっと現場で作業できるんだけど、みんなクソ忙しいのにちゃんとそれやってくれたんだよ。大手は労災の関係とか労働基準法にうるさいんだ。それで大変な思いをしてちゃんと期日までに電気工事を終わらせました。ありがたかったよ。それなのに下請け会社のバカ息子社長が約束した金を支払わなかったんだ。今回の仕事は安い金で引き受けたからこの金額で我慢してくれって相当安い金額を提示して、そのかわりこれからも仕事を回してやるからそれで稼ぐことができるからって職人たちを丸め込もうとしたんだ。昔ならいざ知らず、今時そんな方法は通用しないよ。職人たちはそんなこと信用しないから、社長に約束した金を払ってほしいといったけど、金はないの一点張りなんだ。だから俺は、そんなのは仕事の仁義にもとるからお前から下請け会社の社長にちゃんと払えといえとうちのバカ息子にいったんだけど、俺は関係ない、下請け会社と職人の問題だと突っぱねるんだよ。そもそもうちのバカ息子が下請け会社の社長に泣きつかれて、それで俺に何とかならないかと頼み込んだんだから、関係ないでは筋が通らないぞといったけど、直接の仕事のやりとりは下請け会社と職人との問題だからうちの会社とは関係ないの一点張りなんだよ。まったくあの一点張りブラザーズのバカ息子どもは!」

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

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