よみもの・連載

初恋父(と)っちゃ

第十回

川上健一Kenichi Kawakami

「悪いやつほど良く眠るってつくづく本当だな。命を狙われてるっていうのに良く寝てられるもんだ!」
「いよいよって、何が来たんだ? あの後ろから来るダンプのことか?」
 水沼はバックミラーの中に迫り来る泥まみれの汚れたボロクソのダンプカーに目をやる。全体に黒っぽい塗装で、もしかしたら濃い青色かもしれないがそこかしこで走っているダンプカーと変わりがない。泥に汚れているのは泥まみれの現場のせいなのか、土やジャリを運搬するのでついた汚れなのだろう。迫り来るもののもっと近づかないと運転席の中はよく見えない。運転手が一人だけで他には誰もいないようだ。
「あいつは殺し屋のダンプだッ。事故に見せかけて俺たちを殺す気なんだッ。スピード出せ! 追いつかれたらぶつけられて踏みつぶされるぞ! 一巻の終わりだ!」
「やがましど、この投げオンジ(長男以外の男兄弟たちのこと)どあ。何だってんだよ」
 山田がもそもそと起き出して座り直し、面倒くさそうに小澤を振り向く。「何が一巻の終わりなんだよ」
「あのぶっ飛ばして来るダンプを見ろよ! 殺し屋のお出ましだッ。俺たちを事故に見せかけて殺す気だ。あんなでかい鉄の塊にあの勢いでぶつけられてみろ、どんな車だってひとたまりもないよッ。大物政治家、大物フィクサー、悪徳官憲、悪徳デベロッパーの強大などす黒い一団がグルになって俺たちを抹殺しようとしてるッ」
「だからお前は映画の見すぎなんだってば」と水沼は苦笑する。「映画じゃあるまいし、よくそんなストーリーが思いつくな」
「なるほど。殺し屋か。あるかもな」
 どれどれといいながら山田は身体の向きを変えて背後から追いつこうとしているダンプカーをじっくり観察する。
「あったにぶっ飛ばしてるのは、ジャリとか荷物ば積んでねがらだな。朝の何時から午後の何時までって時間ば区切られて、その間に現場まで何回か往復して資材ば運ぶって契約してやってるがら急いでるってこどだごった。ダンプはみんなそうやって契約してる。へだすけ(だから)あったに飛ばしてるってごどは、何かトラブルがあって、時間ばとられでまって、遅れば取り戻すために急いでるんだべおん(急いでいるんだろう)」
「餅は餅屋だな。さすがに詳しいな。飛ばして来るのはそういうことだろうな」
 と水沼は笑う。サスペンス映画ではいとも簡単に口封じのために殺したり殺されたりするシーンが登場するが、それは物語の世界の中だけのことなのだ。現実に起こるとは思えない。馬鹿げている。
「と見せかけて、ひょっとしたらひょっとするかもな」
 と続けた山田の声が警戒する調子に変わった。
「だろう、だろう! あいつは殺し屋だッ。飛ばせ! 追突事故に見せかけて俺たちを殺す気だぞッ。ぶっ飛ばして振り切れ! 何だか超大型トレーラーに追い回されて必死に逃げ回る『激突!』みたいになってきたじゃないかッ。いいぞいいぞ! 札幌では『ブリット』をし損なったから今度は『激突!』でいこう! スリル満点の逃避行になってきたじゃないか!」
 水沼と山田に向き直った小澤の目が興奮にギラギラと光っていた。
「よし、水沼、ダンプに追いつかれるな。へだども『激突!』ごっこするんでねがらな。『激突!』ごっこなんて遊んでいる暇ねえおんたど(みたいだぞ)」
 山田の口が真一文字に結ばれた。

プロフィール

川上健一(かわかみ・けんいち) 1949年青森県生まれ。十和田工業高校卒。77年「跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ」で小説現代新人賞を受賞してデビュー。2002年『翼はいつまでも』で第17回坪田譲治文学賞受賞。『ららのいた夏』『雨鱒の川』『渾身』など。青春小説、スポーツ小説を数多く手がける。

Back number